西日本新聞のカワウソと尾曲がりネコの記事

西日本新聞に相次いで出ていた動物の記事。釜山や晋州のカワウソと、長崎の尾曲がりネコのお話でした。

釜山はともかく、晋州だと遠いところのように聞こえますが、地図にするとこんな感じで、対馬を基準にすればけっこう目と鼻の先にあることがわかります。

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佐賀あたりでよく見かけるカチガラスは韓国でもメジャーな鳥(까치/カチ)ですし、西日本新聞の販売エリアからすると、慶尚南道は海を挟んでお隣に等しい場所なんですよねえ。

で、釜山は大都会だとは言え、川は上流までつながっていますし、その流域に生息域があれば、目撃されてもおかしくはありません。大邱でも見つかってるくらいですから。

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それにしても、晋州の晋陽湖がカワウソの保護地になっているとは知りませんでした。晋州や山清には何度も行っていますけど、観光地としても知られている晋陽湖自体はまだ見たことがありません。

アナバコリア / 晋州市 晋陽湖 진양호

そういえば、今はもう完成してしまっている山清護国院の建設反対運動の主張の一つに、「水源汚染への危惧」(建設地は晋陽湖の上流に位置する)というのがありました。そうした話も、こういう記事とつながってきますね。

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釜山、市街地にカワウソ 20匹生息?環境改善の象徴
2016年04月04日11時17分 (更新 04月04日 13時24分)

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2013年に釜山市沿岸の海上で発見されたカワウソ(釜山日報提供)

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釜山市で発見されたカワウソ(釜山日報提供)

 日本では皮革目当ての乱獲や河川の環境汚染で1990年代に絶滅したとされるカワウソが、海を挟んだ韓国・釜山市の市街地で相次いで目撃されている。韓国でも絶滅危惧種なのに、国内第2の大都市、釜山は「カワウソの楽園」なのか? 実態を探ってみた。 (中野雄策)

 「死の川でカワウソ発見!」-。2月、釜山市のテレビニュースで、カワウソの目撃情報が放送された。通勤中の男性が川で泳ぐ姿を見つけた。

 その川は市中心部を流れる水営江。全長約19キロの両岸に工業団地や住宅街が広がり、60年代以降の工業化で汚染が深刻化した。水が黒く濁り、悪臭が漂う「どぶ川」と呼ばれ、大量の魚が変死したこともあった。

 しかし、88年のソウル五輪で下流の湾がヨット競技会場として使われたことから汚染が社会問題化。市は環境浄化の取り組みを始めた。2012年からは約20キロ離れた韓国最大級の洛東江から水を引き、大規模な再生事業を行った。

 98年に韓国の絶滅危惧種1級に指定されたカワウソ。市の河川再生担当者は「水質が浄化され、生息環境も良くなったのだろう」と喜ぶ。

 ■市が調査を開始

 釜山市内のカワウソ目撃情報は年に5件程度に上る。ところが、市で特別な保護活動は行われていないという。カワウソは本当に増えているのか? 市の研究機関、釜山発展研究院は14年から3年計画で調査に乗り出した。

 調査では市を三つのエリアに分け、河川周辺に無人カメラを設置したり、排せつ物を分析したりしている。これまでのデータでは、15~20匹が生息していると推測される。

 カワウソは一般に、人間の干渉が少なく、自然が美しい場所に生息している。生態系全体の把握はこれからだが、研究院の金泰佐(キムテジャ)研究員は「大都市の釜山で見つかることに驚いている」と話す。

 頻繁な目撃を心配する声もある。人間の接近や餌の減少で本来の生息地から追われつつあるとの見方だ。

 「本来、カワウソは人が多い場所には行かないはず。人がカワウソの生息地に近づいているのだ」。河川環境保護に市と共同で取り組む環境保護団体「生命網」の崔大鉉(チェデヒョン)事務局長は、こう言い切る。

 市は河川の環境浄化とともにウオーキングコースなども整備した。崔さんによると、開発で餌場が減り、行動範囲が市街地まで広がった可能性があるという。

 ■「日本を教訓に」

 韓国には、本物の「カワウソの楽園」もある。

 釜山市から西に100キロ程度離れた慶尚南道晋州市にある晋陽(ジニャン)湖。飲料水の水源として利用される面積23平方キロの湖で、国がカワウソ保護の取り組みを進めている。

 湖は69年、水源保護区域に指定された。自然が豊かで、アナグマやヤマネコ、カワセミハヤブサなど数多くの野生動物がいる。カワウソの保護活動が始まったのは05年。メディアで生息が紹介されたことなどから、野生生物の特別保護区域に指定された。

 日本の環境省に当たる韓国の環境部の研究者が06年から無線による追跡調査を行い、生息地と行動範囲を確認した。保護区域を設け、釣りや船の出入り、人の遊泳を禁止。餌の魚を放流したり、他の動物に邪魔されずに餌が食べられるいかだを浮かべたりした。

 こうした努力が実り、生息数は05年の13匹から、10年は23匹まで増えた。17年から新たな生息地も造成する計画だ。環境部の呉(オ)キチョル研究員は「カワウソは生態系の最上位に位置し、その生息状況が水環境の指標にもなる」と、保護の必要性を強調する。

 韓国のカワウソは、絶滅したとされるニホンカワウソに近い種類。生命網の崔さんは数年前、韓国から日本へのカワウソ寄贈を提言した。今も、日本の団体と共同で研究、保護する計画を温める。日本で絶滅した教訓を、釜山での保護に役立てるためだ。

 「カワウソへの関心が高い日本と一緒に勉強できれば、日韓交流にもつながる」と、崔さんは期待する。

=2016/04/04付 西日本新聞夕刊=

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/world/article/235731

で、長崎の尾曲がりネコの記事。これ、長崎に行ってネコを追いかけて見てみればわかりますけど、ホントにそうなんですよね…。

その謎を読み解いてみれば、「江戸以前からの長崎の貿易の歴史が、今もネコの尻尾に痕跡として残っているのだ」ということになるのも、ブラタモリ的で実に興味深いお話です。

長崎の猫なぜ尾曲がり? 鎖国に関連・ネズミ退治に鍵
2016年04月07日 23時00分

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しっぽの先端が折れ曲がった形をしている「曲がりしっぽ」の猫

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途中でしっぽが切れたように短い「短尾」の猫

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しっぽがカールして丸い形に見える「団子しっぽ」の猫

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尾曲がり猫をモチーフにした長崎の創作和菓子「長崎オマガリにゃまがし」。しっぽも3種類ある

 先っぽが曲がっていたり、団子のように丸まっていたり…。長崎にはしっぽの形がユニークな猫が多い。長崎県の猫の「尾曲がり率」は全国トップの79・0%という調査もあるが、なぜ曲がっているのかは謎だ。調べてみると、鎖国していた江戸時代、長崎が西洋に開かれた唯一の窓口として貿易の窓口を担った歴史と関係しているらしい。個性的な猫たちのルーツを探ってみた。

 尾曲がり猫は大きく分けて(1)先端が折れ曲がった形の「曲がりしっぽ」(2)途中で切れたように短い「短尾」(3)カールして丸く見える「団子しっぽ」-の3種類。いずれも長崎市内では一般的で、しっぽがまっすぐな猫の方を珍しがる地元の人も多いくらいだ。

 この尾曲がり猫を調査したのが京都大の野沢謙名誉教授。全国の1万2千匹を対象に1990年に行った調査では、尾曲がり率は長崎県に続き鹿児島県(73・9%)、宮崎県(62・7%)、熊本県(62・5%)と九州4県が上位を独占。太平洋側の都市にも比較的多いことも分かった。

 調査から20年近くたった2009年1~7月に、市民団体「長崎尾曲がりネコ学会」が長崎市中心部の4カ所で調べたところ、会員が遭遇した猫95匹のうち尾曲がりは71匹。率にして74・7%だった。80・0%だった地域もあり、依然、尾曲がり率は高いままだ。

 学会によると、日本の歴史上の絵画に尾曲がり猫が登場するようになったのは、江戸時代に入ってからという。中国やエジプトの絵画には登場せず、平安から鎌倉時代にかけて描かれたとされる国宝「鳥獣戯画」にも、まっすぐで長いしっぽの猫しか描かれていない。だが、1848年ごろに描かれた歌川国芳の浮世絵「猫飼好五十三疋(みょうかいこうごじゅうさんびき)」には、数多くの尾曲がり猫が登場してくる。学会の西島茂行会長(69)は「尾が曲がった猫はもともとは外来種で、江戸時代に日本に渡来して繁殖したのではないか」と推測する。

 一方、野沢名誉教授は研究の過程で、尾曲がり猫の原産地が東南アジアで、特にインドネシアに多く生息することを突き止めていた。では、インドネシアと長崎を結ぶものは何か-。

 江戸時代の長崎は、オランダ貿易の拠点。貿易を担った東インド会社のアジア支店が置かれていたのがインドネシアだった。

 当時、木造のオランダ船には積み荷を食べたり、船体をかじったりするネズミを駆除するため、猫を一緒に乗せる習慣があったという。学会メンバーの高島茂夫さん(64)は「尾曲がり猫たちは貿易の中継地だったインドネシアを出航した船に乗って長崎に上陸し、定着したのだろう」とみている。

 学会は長崎の尾曲がり猫たちがその後、九州各地の港へと渡り、繁殖した可能性が高いと考えている。世は空前の猫ブーム。個性的なしっぽの猫たちは、鎖国時代の日本と海外との交易の歴史を伝える生き証人なのかもしれない。

 ●スイーツや雑貨、「尾曲がり」人気

 長崎市内では、尾曲がり猫をモチーフにしたスイーツや雑貨が続々と誕生して話題を呼んでいる。同市の老舗和菓子店「千寿庵長崎屋」は創作菓子の「長崎オマガリにゃまがし」を販売し、売れ筋商品になった。

 3代目の井上昌一さん(38)が、猫好きの家族から提案を受け、2014年に開発。長崎県産のイチジク、ミカン、イチゴのペーストを白あんで包み、さらに練り切りで覆って形を整えた。3種類の曲がりしっぽもかわいらしく表現した。3個入りで1080円。

 長崎の猫をデザインした雑貨も人気だ。市内のデザイン事務所が運営するオンラインショップ「nagasaki-no neco」では、箸置きやのし袋、バッグなどを販売する。尾曲がりは地元で「かぎしっぽ」とも呼ばれ、幸せを引っかけてくると言われる。長崎で猫と触れ合えば幸運を引き寄せられるかも。

=2016/04/02付 西日本新聞朝刊=

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/236560