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ICU本館建て替え問題:悪いことは言いません、やめた方が…

気になるニュース

うん、悪いことは言いません。現在の本館以上の価値のある建物は建ちっこないですって。

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大学本館

中島飛行機三鷹研究所として使用されていた建物に4階部分を増築し、1953年完成(設計=ヴォーリズ建築事務所)。2003年に外壁を改装。大小さまざまな教室があり、授業の多くが行なわれます。ほかに社会科学研究所 、アジア文化研究所 、カリフォルニア大学東京スタディセンター 、宗教音楽センター 、ヘルスケアオフィスなどがあります。

https://www.icu.ac.jp/about/campus/

ateliersalvador.hatenablog.jp

キャンパスの中心、まさに象徴的な建物やないですか。大学というのは、この建物が抱え込んでいるような歴史的価値を軽んじていいところではないと思うのですよ。

重要文化財とまでは行かなくとも、登録有形文化財に登録される価値は十分にある建築ではないですか?誰が見ても。

登録有形文化財 - Wikipedia
suumo.jp

重要文化財は難しいかもしれませんが、所有者の残したい気持ちにこたえる制度として『登録有形文化財』があります。これは、より多くの文化財を保存していくことを目的に平成8年に創設されました。とても人気があって、現在建造物の登録は9250件。そのうち約半分近くは『住宅』です」(同)

こちらに登録するためには、原則50年を経過した歴史的建造物であることと、以下の3点のうち、いずれか1点を満たしていることが条件です。

(1)国土の歴史景観に寄与しているもの
(2)造形の規範になっているもの
(3)再現することが容易でないもの

「登録の手順ですが、まずは、地元の教育委員会にご相談ください。必要な資料を整え、文化庁の調査を経て、文化審議会で価値が認められれば登録されます。登録有形文化財は、建物を活かしながら残していこうという考え方です。そのため、内装の変更や設備の更新などの規制は、重要文化財に比べると緩やかです。ですから、修復してまちづくりに活かしたり、観光資源として利用する例も多くなっています」(同)

というわけで、重要文化財登録有形文化財も、造りが優れているだけでなく、歴史上の位置付けが審査のうえで大事になるということが分かりました。

「その建造物を失ってしまうことで、日本の建築史が語れなくなってしまうかどうかが、非常に重要なポイントです。また、その土地土地の住まい方や造られ方が分かる建造物も、地域の文化を守るという意味で対象になりやすいですね」(同)

そっち方面の検討は、どれほどなされてるんでしょうかね…?まあ、「壊すこと」が優先され、目的化されているとしたら、「そこを敢えて避けている」というゲスな勘繰りも不可能ではない気がします。

さて、どうなりますか。

ICU本館 「戦争遺跡に」建て替え案に学生ら反対
毎日新聞 2016年12月7日 15時00分(最終更新 12月7日 15時00分)

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1949年ごろ撮影されたICU本館=ICU提供

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建て替え案が浮上したICU本館=東京都三鷹市で、伊澤拓也撮影

 国際基督教大学(ICU、東京都三鷹市)がキャンパス整備の一環として提示した本館の建て替え案に対して、一部の学生や教職員が反発している。本館は、旧日本軍の真珠湾攻撃があった1941(昭和16)年12月8日に地鎮祭が営まれて建設され、戦闘機を開発した旧中島飛行機三鷹研究所として使われた。戦争遺跡として保存を求める声もあり、ICUは建て替え案を凍結して教職員や学生、卒業生を交えて意見交換する方針。【伊澤拓也】

 ICUは老朽化した本館の建て替えのため、新国立競技場を設計した隈研吾氏らに新たなキャンパスのデザインを依頼。今年2月に発表されたデザインに新しい本館が描かれていた。

 ICUはそれまで本館の建て替えを公の場で表明したことはなく、デザインがICUのホームページに掲載されると、教職員らが「本館を建て替えるのか」と反応。ICUは「決定ではない」と釈明する一方、老朽化などの問題から将来的な建て替えの可能性を否定はしていない。

 大学側が正式に建て替えの方針を示していないため、保存運動などは起きていないが、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)などで話題になっている。3年の鹿沼千種さん(22)は、ICUが戦争の反省から建学理念として「恒久平和の確立に資する」とうたったことを引き合いに「かつての軍事施設が校舎として残されている意味をもっと考えるべきだと思う」と保存を訴える。

 高沢紀恵教授(歴史学)も「建物を残す意義は大きい。建て替えありきではなく、歴史的価値をきちんと評価したうえで議論してほしい」と建て替えに異議を唱えている。本館を巡っては、日本建築学会が今年4月に現地を見学し、日比谷潤子学長に「登録有形文化財の要件を十分に満たしている」と報告したという

 ICU法人事務局は毎日新聞の取材に「デザインは一つの案に過ぎず、本館をどうするかは決まっていない。文化財的価値の高い建物はなるべく維持しようという考えは持っている」とした上で「学生が安全に学べる環境をつくることが最も重要だ。保存する場合、教室はどうするのかなどの課題も多い。学生や教職員、さらに卒業生からも意見を聞きたい」としている。

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東京都三鷹市国際基督教大学

富嶽」開発の拠点

 中島飛行機三鷹研究所は1944年に完成した。鉄筋コンクリート3階建ての施設では、戦況を打開するための戦闘機の設計が進められたという。

 研究所の歴史を調査した国際基督教大学高校の高柳昌久教諭らによると、米国本土への爆撃を目標とした幻の重爆撃機「富嶽(ふがく)」のエンジンも開発が進んだが、戦況の悪化に伴って中止。完成したのに、資材不足で量産化できない機種もあった。実際に量産されたのは、群馬県内の工場などで造られた特殊攻撃機とされる「剣(つるぎ)」のみ。その剣も実戦使用許可が下りなかった。

 高柳教諭は「唯一量産にこぎつけたのが実質上の特攻機だけという事実が、当時の状況を如実に表している。そうした歴史を物語る建物は貴重だ」と話す。

 施設は空襲に遭うことなく、終戦を迎えた。戦後にICUが買い取り、キャンパスを設計した米国出身の建築家、ウィリアム・ボーリズ(1880~1964年)が4階部分を増築するなどして本館に改装。53年の開学時から教室として使用しており、2012、13年には耐震工事もした。

【ことば】真珠湾攻撃

 1941年12月7日(日本時間8日)、ハワイ・オアフ島真珠湾の米太平洋艦隊基地に対する旧日本海軍機動部隊の奇襲攻撃。米側は戦艦アリゾナを含む21隻が沈没・損傷し、民間人49人を含む2390人が死亡、1178人が負傷した。日本側は64人が死亡した。米国は翌8日、日本に宣戦布告し、太平洋戦争に突入した。

http://mainichi.jp/articles/20161207/k00/00e/040/249000c

個人的には、四国学院大学2号館のことが念頭にあります。ちなみにここもキリスト教系の大学で、当該建築物は善通寺に駐屯していた旧陸軍第11師団の兵舎だったものです。

善通寺・旧陸軍墓地への道 - 大塚愛と死の哲学

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