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「現実的な夢が考えられない」という現実を、知っているか、理解できるか。

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知らない者は無知であり、理解できない者は馬鹿である。

知らなければ、知ればいい。理解できなければ、どうにか理解しようと試みればいい。

その程度のことすらしないとすれば、それはあなたの怠慢である。

啓蒙が必要なのは誰で、希望の光はどこから差すのか。


教育困難校」生徒が奨学金地獄に陥る仕組み
スマホ中毒で非現実的な夢しか考えられない
朝比奈 なを :教育ライター 2016年12月22日

教育困難校」という言葉をご存じだろうか。さまざまな背景や問題を抱えた子どもが集まり、教育活動が成立しない高校のことだ。
大学受験は社会の関心を集めるものの、高校受験は、人生にとっての意味の大きさに反して、あまり注目されていない。しかし、この高校受験こそ、実は人生前半の最大の分岐点という意味を持つものである。
高校という学校段階は、子どもの学力や、家庭環境などの「格差」が改善される場ではなく、加速される場になってしまっているというのが現実だ。本連載では、「教育困難校」の実態について、現場での経験を踏まえ、お伝えしていく。

「アニメだけ見る仕事ってない?」

次の会話は、「教育困難校」における、ある日の進路指導室でなされたものである。

「先生、俺、将来何をやればいい?」
「何言ってんの。人に決めてもらうつもりなの?自分の人生なのに」
「何やっていいかわかんないよ。まだ、就職したくないから、とりあえず進学とは思っているんだけどさ……」
「好きなこと、興味のあることを考えてみることから始めてごらん」
「う~ん、好きなことはゲームかな。ゲームをやって食べていける仕事ならやりたい!」
「あることはあるけど、それでずっと食べていけるのは、ごくごく限られた人だけだよ。ほかに好きなことは何?」
「あとは、アニメかなあ。そうだ、アニメを見るだけって仕事ない?」

冗談のように思えるだろうが、この生徒は本気で聞いている。確かに将来の方針を決めづらい時代ではあるが、これまでの人生で自分で何かを決定した経験の少ない生徒たちは、何とか周囲の人に頼ろうとする。教師が相談されるのは、彼らから信頼されている証しともいえるのだ。

特に高等教育へ進学する場合は、本人の興味や関心が、将来、学ぶ分野を決めるスタートラインになる。しかし、「相対的貧困」の家庭で育つことの多い教育困難校の生徒は、幼い頃からさまざまな体験をする機会に乏しい。経済的に豊かな家庭に生まれた子どもであれば、当然、体験しているようなイベントや習い事もしていない。また、地域や親戚の人とのつながりも少ないので、家族以外の人から受ける刺激も少ない。

学校から帰ると、ひとり、あるいは兄弟姉妹がそれぞれの画面に見入りながら狭い室内でゲームをしながら親の帰りを待つ生活を続けていた彼らが、ゲームに最も関心を持つのは自然な流れであるといえよう。1970年代、1980年代生まれの彼らの親世代も、ゲームに熱中した世代である。子どもにゲーム機を与え、自分たちが子どもにかまっていられない時間を、それで埋めさせることに罪悪感を感じることはないようだ。

楽しみは、ゲーム、マンガ、アニメ

教育困難校」だけに限らず、現在の高校生に好きなもの、興味があるものを尋ねると似たような答えが返ってくる。高校生を対象として行われたアンケート結果を見てみよう。数年前のものではあるが、日本自動車教育振興財団の調査では、高校生の関心事のトップ5は音楽、ゲーム、マンガ・雑誌、ファッション、SNS・インターネットだ。特に上位3つは60%近い回答となっていた(「高校生のクルマに関する関心度をみる」日本自動車教育振興財団『Traffi-Cation』2014年春号)。

また、電通総研電通若者研究部が2013年に行った調査では、「あなたがハマっていることをお知らせください」という質問に対する高校生の回答として、音楽鑑賞、PCでのインターネット、アニメ、マンガ、カラオケ、ゲーム機器でのゲーム、スマホなど携帯電話でのインターネット、芸能人・アイドル、ファッション、読書(マンガ)がベスト10となっている(「好きなものまるわかり調査」)。これらの調査では、高校生の学力差は考慮していないが、「教育困難校」の生徒では、男子だと、ゲーム、アニメ、スポーツ観戦、音楽。女子ではゲーム、アニメ、服・メイクが圧倒的な人気のように筆者は感じている。パソコンを持っていない家庭がほとんどなので、ゲームをはじめ、音楽もアニメもスポーツもスマホで楽しむ。これが、彼らが一時もスマホを手離せない理由のひとつでもある。

進学校や中堅校に通う生徒は、ゲームやアニメなどにも興味は持っていても、それしか知らない、それしか興味がないというわけではない。幼い頃から多彩な体験をして、他の楽しみがあることも知っている。高校でも、卒業生やある分野の成功者を呼んで仕事の話をしてもらい、生徒の視野を広げて意識を高めることを目的にした進路行事が度々行われている。ゲームは好きだが、それは自分の興味・関心の一部分で、自分が将来学ぶことや仕事に選ぶことは別にあるというスタンスになる。

だが、「教育困難校」では、招いた方に失礼があってはいけないという理由で、上述のような行事も行えない。新たな方向に目を向けさせる刺激を学校でも与えられないのだ。そこで、限られた興味・関心がそのまま自分の進む方向になってしまう。ほとんどパソコンに触ったことがないのにゲームクリエーター、好きなアニメキャラクターをまねた絵しか描いたことがないのにアニメ作家、ひとつのアニメキャラクターの声に似た声しか出せないのに声優、自分を飾ることにしか興味がないのにメークアップアーティストやスタイリスト、自分の好きな芸能人に近づきたいという目的で、学校行事の運営も行ったことがないのにイベント裏方志望など、およそ現実味のない方向を選ぶ生徒が非常に多くなる。親も、「子どもの好きなようにさせたい」という金科玉条を口にして、決して彼らの現実離れした夢を止めることはない。

夢だけ見させる専門学校

これらの分野は専門学校で学べるということになっているため、教育困難校では専門学校進学者が多い。また、専門学校も、生徒の興味や関心をしっかりとリサーチして、彼らの興味を引きそうな学科を次々と新設している。かくして経済的に厳しい家庭環境にある「教育困難校」の生徒たちは、最近は「ブラック」と言われ社会問題化している奨学金を借りて、これらの専門学校に進学する。

好きなことをやり、夢を追えることは彼らにとって一時の幸せにはなるだろう。しかし、問題はその先である。彼らの選んだ分野は、天賦の才能と運を大いに必要とする分野ばかりである。ゲームやアニメなどの専門的な勉強をしているうちに、自分には才能がないと気づき、勉強についていけず専門学校をやめてしまう者も少なくない。最後まで頑張って何とかその分野の仕事に就けても、そこで待っているのは低賃金の労働だ。「日本アニメーター・演出協会」が2015年4月に発表した「実態調査報告書2015」によれば、若手アニメーターが担当することが多い「動画」職種の平均年収は111万3000円であるという。女子のあこがれの職業であるメークアップアーティストも、卒業後アシスタントとして働く場合の月収は10万程度。しかも、その後に化粧品会社や結婚式場に就職したり、自営で独立できる人は、ごく少数である。

このような状況では、当然、奨学金の返済も滞り、自身の生活も成り立たない。結局、「教育困難校」の生徒の進学は、彼らの経済的自立にも、そして貧困の連鎖からの脱出にも功を奏していないと、現状では言わざるをえない。もちろん、奨学金も有効に運用されていないことになる。このつまずきのもとは何か。それは、「教育困難校」の生徒たちのごくごく限られた興味・関心、あまりに狭い世界にあると思う。彼らの視野を広げないかぎり、彼らの自立はありえないのではないか。

http://toyokeizai.net/articles/-/150501