読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

熊本地震と南阿蘇村と東海大学農学部

私などは、熊本が地元なわけでもなく、東海大の関係者なわけでもなく、ただあの地震前、南阿蘇村のあのあたりに何度か通って、東海大農学部阿蘇キャンパスや学生村の界隈を多少訪れたことがあるというだけの人間です。が、それでも、あの農学部が南阿蘇に根づいて定着していたことはよく知っています。多くの関係者の皆さんが「あの場所に帰りたい」と思っているだろうことも、容易に想像がつきます。

学生アパートが倒壊し、阿蘇大橋が落ちるというのは、誰も想像しなかった事態でした。まったく元に戻るということは、難しいかもしれません。それでもなお、やはり阿蘇に踏みとどまり、再建を目指してほしいと、個人的には思っています。

亡き友、学生村…伝える決意 東海大農学部の国貞さん 熊本地震1年
2017年04月14日 06時00分

f:id:bluetears_osaka:20170414093455j:plain
被災体験の「語り部」活動をしている東海大農学部3年の国貞尚伸さん=13日午後3時半、熊本市東区東海大熊本校舎

 「あの日を風化させない」。東海大農学部3年の国貞尚伸さん(20)は、そう心に刻み込んでいる。

 昨年4月16日午前1時25分。農学部がある熊本県阿蘇村は震度6強の激しい揺れに襲われ、学生約800人が暮らす「学生村」は壊滅的被害を受けた。

 次々と倒壊したアパートの下敷きとなり、4年脇志朋弥(しほみ)さん=当時(21)、2年大野睦さん=同(20)、1年清田啓介さん=同(18)=が犠牲になった。

 「この辺りが下宿先でした」。今年2月、今は大半が更地となった学生村跡地。被災地見学に訪れた東京の企業の社員約10人を前に、国貞さんは語り掛けた。

 「あの日」の記憶をたどりながら、話を続ける。

 学生寮の1階から着の身着のまま飛び出すと、周囲には1階部分がつぶれたアパートがいくつもあった。「助けて」。暗闇の中に響く声。他の学生と一緒に、がれきをかき分けた。手にはくぎが刺さり、素足のまま履いていたサンダルは血まみれになった。

 消防隊も駆け付け、次々と救出されたが、バレーボールサークルの先輩の脇さんがいない。部屋は隣のアパートの1階。「脇さん、脇さん」。何度も名前を呼んだ。同じ東京都出身の大野さんもいない。実家が近かったことで仲良くなったサッカー仲間だ。

 「救いきれなくて、悔しかった」

 国貞さんが取り組むのは、地震後に先輩たちと立ち上げた学生団体「阿蘇復興への道」による「語り部」活動。見学者の求めに応じて跡地を案内する。「在りし日の学生村、地震当時のことを知ってほしいから」

 学生村のがれき撤去、街頭募金、学生団体で開いた南阿蘇大復興祭。地震後、学生村の再建を目指して動き回った。「阿蘇に戻りたい」。その一心だった。

 昨年7月から始まった熊本校舎(熊本市)の生活にも少しずつ慣れてきたが、先輩や友人に気安く会えた学生村の生活が、今も恋しい。

 大学は今年1月、阿蘇校舎の現地再建を断念する方針を発表。願いは遠ざかったが、「いつかは」という希望は持ち続ける。

 今春、先輩たちは卒業し、農学部には223人の仲間が入学した。あの日から、間もなく1年。

 「地震のこと、亡くなった3人のこと、学生村のこと」。新入生や多くの人たちに伝えたいこと、伝え続けなければならないことが、たくさんある。

=2017/04/14付 西日本新聞朝刊=

https://www.nishinippon.co.jp/nnp/kumamoto_earthqueake/article/321599

東海大阿蘇キャンパス存続へ 再建目指す
2017年01月21日

f:id:bluetears_osaka:20170414093620j:plain
熊本地震で大きな被害を受けた東海大阿蘇キャンパス=2016年12月24日、南阿蘇村(大倉尚隆)

f:id:bluetears_osaka:20170414093652j:plain

 東海大が、熊本地震で大きな被害を受けた南阿蘇村の阿蘇キャンパス(農学部)を現地で存続させる方針を固めたことが20日、分かった。全面的な再建は困難なため、熊本市東区の熊本キャンパスも拠点としながら、可能な範囲で再建を目指す。

 農学部は1980年に開設され、現在の学生数は約千人。地震で校舎などが損壊し、敷地内に地割れが生じたため阿蘇キャンパスでの授業を休止。昨年7月から、2017年度末までの暫定措置として熊本キャンパスで授業を実施している。

 東海大は、阿蘇キャンパスで安全が確認できた施設や設備を復旧・整備し、18年度以降も引き続き熊本キャンパスを使いながら、阿蘇での実習など専門授業や研究を順次再開させる方針。阿蘇キャンパスのどの施設や設備が使えるかは調査を続けているが、阿蘇での授業が部分的にも再開すれば、農学部の学生は両キャンパスを行き来して授業を受ける形になる。

 東海大地震後、阿蘇キャンパス存続の可否を判断するため、学内外の有識者による調査委員会を設け、昨年8月まで地盤の安全性を調査。結果は明らかにしていないが、関係者によると、一部校舎の下に断層が見つかったという。

 ただ、雄大な自然環境に恵まれ、農場や牧場を併設した阿蘇キャンパスの特性などを重視し、安全性を確保した上で農学部を現地に残す意向を固めたもようだ。

 地震では、阿蘇キャンパス周辺の被害も甚大で、アパートや下宿が倒壊して学生3人が死亡。阿蘇大橋が崩落したほか、国道57号やJR豊肥線南阿蘇鉄道が寸断されるなど交通網も打撃を受けた。

 同村黒川地区には学生約750人が生活していたことから、村や県は阿蘇キャンパス存続を強く要望。村区長会や農学部OBらがそれぞれ署名と嘆願書を提出し、村内での存続を求めていた。(熊本地震取材班)

f:id:bluetears_osaka:20170414093713j:plain

http://kumanichi.com/news/local/main/20170121003.xhtml

大学倶楽部・東海大
阿蘇復興を」 農学部生、熊本キャンパスで入学式
2017年4月5日
Texts by 東海大

f:id:bluetears_osaka:20170414095101j:plain
入学式後に記念撮影をする新入生ら

 東海大の入学式が4月4日、熊本市東区の熊本キャンパスで開かれ、547人が大学生活のスタートを切った。同大は熊本地震阿蘇キャンパス(南阿蘇村)が大きく被災したため、農学部は熊本キャンパスで授業があり、一部の実習を阿蘇キャンパスで実施する。

 山田清志学長は式辞で「昨年は阿蘇キャンパスをはじめ本学園は甚大な被害を受けた。学園が心を一つにして復興へ力を尽くしている」と支援を呼びかけた。農学部の鮎川真琴さん(18)=福岡県出身=は「阿蘇は旅行で一度だけ訪れた。広大なキャンパスでの実習が楽しみ」と期待していた。

 阿蘇でのイベントや南阿蘇村黒川地区を案内しながらの語り部活動をする学生団体「阿蘇復興への道」の代表、石田仁星(じんせ)さん(21)は「まずは阿蘇の自然に興味がある子が来てくれたらと思う。自分たちが体験したことやつながった人との関係をつなげていきたい」と話していた。【出口絢】

https://mainichi.jp/univ/articles/20170405/org/00m/100/020000c