セリエAと司法試験

この記事が掲載されている「Number」のサイトには、ガンバ大阪の開幕戦を取り上げたコラムも載っているんですけど、OBに弁護士のいるガンバ大阪のサポーターとしては、こちらの記事も気にならないはずがありません。

d.hatena.ne.jp

司法試験受験か試合出場か?セリエAで起こった奇妙な騒動。
弓削高志 = 文
text by Takashi Yuge


監督命令に従わず、司法試験受験を断行したアタランタグリエルモ・ステンダルド
photograph by Getty Images

2013/03/07 10:30

 アタランタのベテランDFグリエルモ・ステンダルドには、セリエAとBで積み上げた通算300試合出場とラツィオ時代に獲った2009年のイタリア・スーパー杯以外、取り立ててみるべきタイトル歴はない。

 ただし、彼には今季のセリエA全体を見渡してみても5人しかいない、稀有な肩書きがある。大学で法学部を出た彼は、れっきとした“学士”プレーヤーなのだ。

 昨年12月、そのステンダルドがイタリア中を巻き込む議論の主役になった。

 '08年の学位取得後も勉強を続け、選手業をこなしながら、いずれは法曹界へと進むキャリア転身の方策を探っていた彼に、ようやく司法試験受験の機会が訪れた。

 しかし、3日間を要する口頭試問試験とコッパ・イタリア5回戦の日程が重なってしまい、ステンダルドはやむなく監督コラントゥオノへ特別休暇を願い出た。

 ローマとの5回戦で彼を先発させるつもりだった指揮官は「いかなる理由があっても例外は認めない。誰が食い扶持を与えていると思っているのか」と言い捨てると、申し出を無情にも却下した。

クラブ側の懲罰処分に対し、ステンダルド擁護の声が!

 しかし、ステンダルドに引き下がる気はさらさらなかった。1年に1度しかない国家試験の機会を逃せば、再び筆記試験からやり直さなくてはならない。もちろん、彼は日程についてクラブ側と随分前から協議していた。受験を認めるかどうかは、クラブの内規と監督判断次第。彼らの意思決定がズルズルと遅れた結果、ステンダルドは、試験か自らの仕事か、選ばざるをえない状況に追い込まれた。

 結局、彼はローマ遠征へ同行せず、試験会場のサレルノへ向かった。難関試験から戻った彼を待っていたのは、チームを離脱したことへの罰金処分だった。直後の重要な試合への招集も懲罰的に見送られた。コラントゥオノ監督は、ステンダルドへの処分を報じたメディアへ「内輪のことには関わるな」と釘を刺した。

 この理不尽な扱いに、各界から猛反発が起こった。

 イタリアスポーツ界のトップである同国五輪委員会のジャンニ・ペトルッチ会長が「ステンダルドの行動は、まったくもって正しい」と擁護すれば、選手会ダミアーノ・トンマージ会長も「彼はスポーツと学業が両立できることを示してくれた。称えられこそすれ、責められることなどあってはならない」と全面支援。

 自転車競技のプロレーサーでありながら、生産技術エンジニアリングの学位も取得しているマルコ・ピノッティは「今回のケースは出産や肉親の死に目のような人生の一大イベントと同じ。自分が同じ境遇になっても迷わず受験を選ぶ」とステンダルド支持を表明した。

「司法試験の受験は7年間を費やしてきた夢の結晶」

 世論の猛批判を受けたアタランタは、慌てて火消しに懸命となった。

 監督コラントゥオノは「休暇申請は試合の数日前であまりに急だった」と釈明したが、実際にはクラブ幹部が1カ月も前に日程調整の協議をしていたことを明かし、ステンダルドに非はなかったことが証明された。杓子定規の指揮官は結局譲らず、「私にも大学へ通う娘がいるから勉学の大事さはわかるが、ステンダルドがチームの内規に従わなかった事実は事実。練習への遅刻と同等に扱う。以上!」と強引に幕を引いた。

 練習と試合で心身を酷使する日々の中で、専門書を読み込み、資料を辿り、レポート作成に追われる。プロ生活と学業との両立がどれほど困難だったか、ステンダルドの苦労は想像に難くない。無事国家試験を終えたステンダルドは、「受験は7年間を費やしてきた夢の結晶だった。(受験日と重なったのが)残留決定戦でもない限り、1年に1度しかないチャンスをあきらめるわけにはいかなかった」と語っている。

ド派手な“悪童”だけがサッカー選手の代表ではない。

 教育システムの差異がある以上、安易な比較はできないが、大卒選手が珍しくないJリーグとちがい、セリエAの“学士”選手は明らかに少数派だ。割合でいえば今季の登録選手中、0.8%にすぎない。

 明治大卒の長友佑都インテル)の他に、経済学部を卒業したFWボグダ二(シエナ)とDFキエッリーニユベントス)が知られている。キエッリーニは『ユベントスFCをモデルとしたスポーツクラブの経営バランスシート研究』を卒論テーマに、ほぼ満点の好成績でトリノ大学を卒業した。

 イタリアでは、今年1月の“アンダー24歳世代”の失業率が38.7%にも達した。若者の間では「大学は出たけれど」との嘆き節も聞かれるが、ヨーロッパでの“大卒”の肩書きは、日本のそれと比べてなお重みがちがう。

 DFデシルベストリ(サンプドリア)は、イタリアの名門大学の一つ、サピエンツァ大学(ローマ)経済学部に籍を置き、トリノのイタリア代表DFオグボンナも法学を学ぶ。プロキャリアと並行しながら、将来のキャリア設計を考えている若手選手もきちんといる。迷彩カラーの高級車ベントレーをぶっ飛ばす悪童FWバロテッリミラン)だけが、21世紀のサッカー選手の顔であるはずがない。

“育成”の名門クラブはこの若い選手を応援すべきだった。

 彼らはプロの世界に生きる以上、“本業に専念せよ”という批判もあるのは当然。しかし、不況を肌で知る大多数の一般ファンは、文武両道の重要度を理解し、ステンダルドの味方になった。アタランタは育成の名門として知られるクラブだけに、サッカーが別の将来への可能性を妨げるものではないことをむしろ率先して若者たちへ伝えるべきだった。

 誰もがトッティバロテッリのようになれるわけではない。才能だけで渡り合える天才プレーヤーは数あれど、「若い世代へ模範を示せたら」と言うステンダルドのような学業両立型プレーヤーも一般ファンへ勇気を与える存在であることは間違いない。

 司法試験の結果発表の時期は近い。もし今回を逃しても、ステンダルドはあと数年もすれば、法の番人として第二のキャリアを歩み始めるだろう。ネクタイとスーツを着る日々が訪れるまで、異端児DFは残留を争うチームのゴールを守っている。

http://number.bunshun.jp/articles/-/352961

この「事件」の顛末や論点をわかりやすく紹介するいい記事ですね。その論旨にも私自身はほぼ全面的に賛同できますし、この選手の選択を支持したいと思います。

そこにあえて何か付け加えるとしたら、「他人を評価し、裁く立場にいるつもりの人間も、実は評価され、裁かれる存在である」ということです。おそらく予想外であっただろう世間の反発を前にしてアタランタの監督とクラブが見せたこの醜態は、もって他山の石とされるべきでしょう。