久々に内田樹センセのブログから。
「贈与を受けた」という原体験をもつ人しか「反対給付の義務」を感じない。
ただ、この「贈与」ということを「価値あるものを受け取った」というふうに解してはならない。
そうではなくて、「どういう価値があるのかよくわからないものを受け取った」というのが「贈与」の本義なのである。
贈与されたものが何を意味するのか、何の役に立つのか、それを知るために、長い時間とさまざまな経験を要するようなもの、そのような贈り物だけが「贈与」の名に値する。
私はこれを、愛について考えています。受け取ったものを与えて残していく愛の系譜。
でもまあ、そんなこととは関係なしに、「命短し、恋せよ乙女」とも思うんですよ。
些細なことだけど・・・・・
早く元気になって、ご飯いっぱい食べて、ぐっすり眠って、もう一度思い返してみれば、些細なことになっているかも知れませんから。