【韓国の風景】亀尾と東大邱の朴正煕

今は、2両編成ながら都市間電鉄としてそれなりに機能するようになった大慶線で繋がる大邱と亀尾の両都市。


亀尾では、生家周辺が公園整備されて、セマウル運動や自身の歴史資料館を囲まれて、堂々たる姿を見せている朴正煕元大統領。




たいへん堂々たる、立派なもんですよ。

かたや東大邱。しかも駅前。

ねえ、さすがにこれはなくない?



いや、農村開発に多大な関心を持っていた朴正煕元大統領のこの姿自体は悪くないけどやねえ、よりによって大邱の中でもいちばんアーバンな場所である東大邱駅広場で、野良着で稲束持って笑顔で立たされて、しかも人々が無関心にかつ遠巻きに通り過ぎる光景、まるで田舎者を晒し者にしている図にしか見えないんですけど。

広場の名称をめぐって一悶着あったのは知ってたけど、何とかしてあげんと、これはさすがにかわいそうやわ。

japan.hani.co.kr

「淡路島のパラダイス」立川水仙郷の戦後史

ふとしたことから、閉園した「淡路島のパラダイス」が一時的に見学可能になっていると聞いた。一度だけ、興味本位に立ち寄ったことがある。もう30年以上前のことだったはず。

広い敷地に、年季が入った手作り感のある施設があったことの印象はものすごくあるのだけど、本来の名前である「水仙郷」の由来などをさほど気にも留めていなかった。今から考えると、あれは戦後日本の生きた史跡ともいえる場所であり、あの時にもぎりや案内をしてくれたおじさんやおばさんは、歴史の生き証人でもあったのだ。

もっといろいろ話を聞けたらよかった。ただ、こうした記事が後世に伝えられていることは幸いであると思う。

「謎のパラダイス」洲本・立川水仙郷9月閉園 戦地から復員、開拓に懸けた人生 秘宝館で話題
2023/11/13 19:10
社会 淡路


閉園した立川水仙郷・ナゾのパラダイスの看板=洲本市由良町由良


閉園した立川水仙郷・ナゾのパラダイスの看板=洲本市由良町由良


立川水仙郷に咲き誇っていたスイセン洲本市由良町由良(2014年1月)


東田さん一家の開拓の歩みを紹介していた1993年1月16日の神戸新聞夕刊


1993年1月16日の神戸新聞夕刊で掲載した東田芳高さん、貴久枝さん夫妻の写真


1993年1月16日の神戸新聞夕刊で掲載された入植当時の東田さん一家

 50年以上にわたり淡路島を彩り、多くの観光客を楽しませた立川水仙郷(洲本市由良町由良)が9月に閉園した。併設の秘宝館が、テレビ番組で珍スポット「ナゾのパラダイス」と面白おかしく取り上げられ人気に。だが、観光地になるまでには、15歳で中国東北部(旧満州)に渡って戦争を生き抜き、戦後も開拓に人生を懸けてきた一人の男性の思いがあった。

 洲本市出身の東田芳高さん(享年85)。1926年に農家の次男として生まれ、早くに両親を亡くした。15歳で「満蒙開拓少年義勇軍」として満州に渡った。

 義勇軍には、満州を開拓して理想郷にする人材が全国から集められた。東田さんは兵庫県出身者だけで初めて結成された中隊に入り、41年に満州へ。兵庫五国から名付けられた「五州開拓」として入植したが、木が1本もない砂漠のような荒野で、「淡路の土地とは全然違った」という。

 45年2月、東田さんに召集令状が届き、そのまま軍に入隊。終戦間際、旧ソ連軍の進攻に遭い、隊長が目の前で撃たれ、自身にも玉がかすめた。1人で山中をさまよい、地元住民に服を借りた。生き延びるため、鉄砲も自爆用の手りゅう弾も全て捨てた。

 その後、中国共産党八路軍に捕まった東田さんはチチハルにあった軍の紡績工場で働いた。そこで、妻の貴久枝さん(享年82)と出会い、長男亮さん(享年71)も生まれた。

 「日本人を全員帰す」。そんな連絡が来たのは、終戦から10年近くが過ぎたころだ。「日本は平和な世の中になっていたが、帰ると場所はなかった」。選んだ道は開拓だった。洲本市南部の立川地区では、既に戦後開拓の入植が始まっていたが、その権利を軍人恩給3万円で買った。

 だが、自然は厳しかった。1年目に植えたミカンとビワはイノシシとシカの被害で全滅。トタン屋根の家も台風で吹っ飛んだ。

 「朝早く起き、星の光で開拓した。出てくるのは石ころばかり。よくうちの母ちゃん(貴久枝さん)が嫌と言わんとってくれた」

 他の入植者が次々と離れる中、東田さんは獣害に遭いにくいスイセン栽培を思い付いた。試行錯誤の末、栽培に成功し、旅館などを通じて観光客にアピール。当時、冬の観光名所がない中、開墾した約6ヘクタールの敷地で、約400万本が咲き誇る水仙郷が67年にオープンした。

 冬以外の季節も観光客を呼ぼうと、多彩な施設をつくった。性を扱う大人向けテーマパークの秘宝館は「ナゾのパラダイス」として、テレビ番組「探偵!ナイトスクープ」で紹介され、関西圏で一躍注目された。

 東田さんは2007年の取材に、命の危険と隣り合わせの戦中を「死んだ人をなんぼでも見てきた。どこでどないなってもおかしくなかった」と振り返り、「人生で戦後の開拓の方が大変だった」と話した。

 そして、立川地区で自生し始めた真っ白なユリを見詰め、「種は翼のようになっていて、遠くに飛ぶ。花を日本中に広めたい。災害の被災地にも。それが人生の楽しみ」と付け加えた。「普通のことをしてたら、死んだらみんな忘れるやろ」とも。

        ◇

 貴久枝さんは09年に、東田さんは12年に亡くなった。思いを引き継いだ亮さんも今年9月、71歳で急逝。「ナゾのパラダイス」を案内中に倒れたという。

 亮さんは施設の管理をほぼ一人で担っていた。イノシシの被害が増えた時は、車で寝泊まりをしてスイセンが荒らされないように見守っていたという。

 「父から受け継いだ施設を最後まで守りたかったと思う」と、亮さんの妹山口真理さん(66)=洲本市大野=。来訪者には「冬になったら立川水仙郷のことを思い出してくれるとうれしい」と思いを込めた。

(古田真央子、高田康夫)

https://www.kobe-np.co.jp/news/society/202311/0017023875.shtml

戦没者慰霊碑の継承と公的管理への課題

何故か下書きにスクラップされたままになっていた記事。そのままにしておいても仕方ないし、今も考えるべき問題であることには変わりないと思われるので、あげておくことにする。

民間建立の戦没者慰霊碑、遺族の高齢化で維持困難に…全国に1万6235基
2023/10/15 13:13

 戦没者追悼のため民間によって建立された慰霊碑の老朽化が進む中、維持管理を代わりに行う自治体が出てきている。高齢化で遺族らによる維持が困難になってきているためだ。国も自治体を対象に補助制度を設けて後押しするが、適用対象が限られていることなどから利用は低迷しており、拡充を求める声が上がっている。(森広彰、林華代)

明治~昭和期に建立の12基を集約


建設中の碑を前に「戦争の記憶を引き継ぐ場になってほしい」と語る瀬戸川さん(滋賀県米原市で)=上田尚紀撮影

 「忠魂碑を維持していけるか不安だった。市に引き継いでもらい、ありがたい」。滋賀県米原市の市遺族会・瀬戸川恒雄会長(81)は、建設中の平和祈念碑「平和の礎」を見やりながら話した。

 市内では明治~昭和期、民間などによって忠魂碑計12基が建立された。日清、日露、太平洋の各戦争の戦没者計約1400人を慰霊、顕彰している。

 戦後、碑は市遺族会や住民らが草刈りや掃除をして管理してきたが、基礎がひび割れするなど劣化が進み、倒壊の危険にさらされる。一方で、遺族会員約400人の大半が80歳超となり、維持管理が困難な状況になっていた。

 遺族会から「高齢化で管理が難しい」との声が上がり、市は2021年11月、有識者を加えた市民会議を設け、市民から意見を聞くなどしてきた。22年7月、12基を撤去して祈念碑に集約して平和について考える場を作り、市が管理することを決めた。

 完成は来春で、新設費用約6000万円は市が負担する。平尾道雄市長(72)は「戦争の悲惨な記憶を引き継ぐ場にしたい」と強調する。

 千葉県船橋市は20年、高齢化する遺族会から慰霊塔の「寄贈」を受け、市が所有者となって維持管理を引き継いだ。

日本遺族会の会員数減少、慰霊碑の管理「不良」多く

 民間の慰霊碑の管理は主に遺族と住民が担ってきた。

 しかし、全国団体の日本遺族会の会員数は、1967年の125万世帯から2019年には57万世帯まで減少。一方、厚生労働省によると、民間建立の慰霊碑は全国に1万6235基(19年4月時点)あり、うち管理状況について「不良」は228基、「やや不良」が552基あった。管理者が確認できない「不明」は1495基に上った。

 日本遺族会は14年から国や自治体に「点在する慰霊碑の移設や集約を通じ、維持管理を引き継いでほしい」と要望してきた。これを受け、国は16年度、自治体が慰霊碑を移設、撤去する際、「建立者や管理者が不明」「倒壊の恐れがある」などの条件を満たせば、費用の半額(現在、上限50万円)を補助する制度を創設した。

 鳥取県倉吉市では21年度から国の補助を活用し、慰霊碑の移転計画が進んでいる。市遺族連合会が解散して管理者が不在になるため、慰霊碑7基を市の施設などに移す。費用約3500万円のうち、計約350万円は国の補助金で賄う。

 市担当者は「戦争の悲惨さを伝えるためにも、維持に自治体が関わらざるを得ない」と話す。

国の補助「使い勝手悪い」

 国は今年度から、補助制度の対象として慰霊碑を移設、撤去する場合だけでなく、「補修」を追加し、利用拡大を図ってきた。しかし、「管理者らが不明の場合」という適用条件があるため、遺族会が維持管理してきた場合は原則、対象外となり、活用は22年度までに計19件にとどまる。

 滋賀県は6月、国に管理者がいる場合でも対象とするよう要望した。県の担当者は「まだ使い勝手の悪い部分が多く、改善してほしい」と訴える。

 一ノ瀬俊也・埼玉大教授(日本近現代史)は「国は国策で亡くなった戦死者の追悼を民間任せにしてきた面があった。遺族の高齢化は著しく、補助制度を拡充する必要がある。自治体も住民の声を聞き、積極的に管理に関与していくことが求められている」と指摘する。

https://www.yomiuri.co.jp/national/20231015-OYT1T50033/

KARASIA2024を駆け抜けた後の雑感

KARASIA2024ツアーが昨日の大阪で千秋楽を迎えた。

www.universal-music.co.jp

2024.04.03 LIVE

2015年のKARA THE 4th JAPAN TOUR 2015 “KARASIA”から9年、念願のコンサートツアー“KARASIA”が復活!
8月、東京・大阪にて日本の皆さんに会いに来ます!

<公演概要>
タイトル:KARA THE 5th JAPAN TOUR 2024 “KARASIA”
〇東京公演
日時:2024年8月17日(土)、18日(日)
会場:LaLa arena TOKYO-BAY
〇大阪公演
日時:2024年8月24日(土)、25日(日)
会場:Asueアリーナ大阪

主催・企画:株式会社RBW JAPAN
制作:株式会社ハンズオン・エンタテインメント


今回、幸いなことに4公演とも参加する機会を得た。




本来なら今日から仕事に完全復帰すべきところだが、東京公演と大阪公演との間にハードな仕事が隙間なしの日程で入っていて、ここまで休みなしだったこともあり、いろいろちょっと限界を迎えているらしい。気力も体力も湧いてこない。

なので、この機会をとらえて、KARAとKARASIAをめぐって、いま脳裏に浮かんでいることを、ここに書き留めておきたいと思う。

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KARAの初見は、忘れもしない2009年1月のことだった。それから日本デビューのチャンスをとらえ、初期にあった契約騒動を乗り越えて、活動的には大いに成功を収めた中で、耳にしたのが、ニコルとジヨンの離脱の話だった。本人たちにしかわからないような詳細は知らないし、結果的にはそれは現実となるのだけど、当時は眠れなくなるような不安な思いをしたことを覚えている。

その後、Kamiliaも動揺が収まらないところで、「KARA Project」が始まり、新メンバーを選抜するという話が出てきた。当時も賛否両論が聞こえる中で進行したオーディションだったが、Baby KARAとして頑張る若者の未来を応援したくなる気持ちが強くなった。

当初7人、決勝進出4人の中からただ一人、新メンバーとして選ばれたのがヨンジだった。5月から始まって7月に最終選考があったオーディションから2カ月と経たずに4人KARAの一員としてデビューし、その秋には日本でのKARASIAツアーにも突入した。並大抵のことではなかったはずだと思う。

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(今回、「(当時の映像を見返してみて)ヤバいです、ヤバかったです」と感想を漏らしていたヨンジだけど、今から考えてみても、不安いっぱいの中で、超人的なことをやってのけていたはず。)

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その後、さらにいろいろあって、オンニたちが事務所を離れてKARAの活動は休止状態となり、ヨンジだけがDSPに残って、「KARA」の名前を一人で支えることになった。日本のKARA公式ファンクラブも、ヨンジのコンテンツを細々と供給しながらかろうじて維持されている状況が長く続いた。このヨンジの境遇には個人的に思うところがなくはなかったが、表には出てこない様々な事情もあったのだと思う。

今日に至るまでのこの間、「KARAのヨンジ」と名乗りつつ、ドラマやバラエティーにも進出し、歌手としても独り立ちを果たしたその努力は、見てきた人ならわかるに違いない。

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ヨンジが今回、大阪の2日目に「10年前にKARAになってよかった!」と言ってくれたことには、そうした経緯が込められているわけで、その言葉に涙したのはKamiliaだけではなく、この10年のヨンジを知るすべての人が含まれているだろう。

5人の顔合わせから始まって、新曲・グループ活動・ランキング1位獲得・ファンミーティング・KARASIAツアーとここまで続いた活動で、ヨンジが20代をささげたKARA人生が報われたとしたら、それに優る喜びはない。

そして、決して忘れることができないのは、この間に世を去った人々のこと。5年前、ハラちゃんのことを知った時の衝撃は、今も忘れることができない。さらに9年前、アンソジンのことを聞いたのは、仕事で移動中のことだった。

ヨンジの10年を、アンソジンはどのように見てくれているだろうか。ハラちゃんは、「When I Move」から「Hello」に至るKARAの再結成と復活を、どのように見ててくれているだろうか。

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いずれ近いうちに、二人への墓参を再開する機会を見つけたい。

Yahoo!メールをoutlookに追加する。

まさにここの質問主の言う通りの状況やったんやけど…。
(それが理由でずっと移行を拒否ってきたけど、いよいよ難しくなってきた。)

new outlook for windowsにヤフーメールアカウントを追加設定する

作成日 2023年10月21日
new outlook for windowsヤフーメールアカウントを追加設定する
ヤフーメールを追加設定するために、ヤフーのメールアドレスを入力して続行していくと、ヤフーのHPが出てきて、そこでサインインをクリックすると画面が真っ白になって、それ以上伸展しません。ヤフーメールを追加設定する方法を教えてください。

そこに載っているいちばん長い回答の通りに操作したら、今度はYahoo!メールが無事に登録できた。回答主さんすげー。

まだまだ見た目や操作性が気に入らんけどなあ。これで何とかメールからoutlookに移行できそうや…。

しかし、毎回こういう苦労が発生するの、ええ加減何とかしてほしい。

blue-black-osaka.hatenablog.com
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ガンバ大阪ファンクラブ会員証紛失の記録

・2024ユニフォームのファンクラブ先行販売開始当日に、ファンクラブ会員賞を紛失する(2度目)。

www.gamba-osaka.net
・数日探しても見つからなかったので、nanacoの紛失手続きをする*1
www.nanaco-net.jp
・一緒に落としたガンバ大阪デザインのWAONも電話で紛失手続きをする*2

https://www.waon.net/card/soccer/c0206/
https://www.waon.net/rescue/
ガンバ大阪ファンクラブ会員証の再発行手続きを行なう*3
www.gamba-osaka.net
・しばし待つ。
・先々週、同じデザインのガンバ大阪WAONが郵送で届く。
・先週、再発行されたガンバ大阪ファンクラブ会員証(nanaco)が郵送で届く。デザインが一新されていた。
・先週の出張を挟んで久々に出社してみたら、失くした両カードとも職場で発見された。
・しかし今さらどうしようもないので、nanacoの引継ぎ書類を書いてポストに投函した。

以上。けっきょく今年のユニフォームは買えずじまい。落し物はしないに限る。

*1:Webでは手続きが完結せず、最終的には電話でオペレーターと話した。つながるまで待たされることはなく、口頭の手続きもスムーズに進んだ。まあ2度目なので。

*2:こちらも電話はすぐ繋がり、手続きもおおむねスムーズだった。

*3:前回はメールで問い合わせたが、今回はWeb上で手続きも再発行手数料納付も簡単に完了できた。

指宿で再発見された元会津藩士の巡査の墓

これは正直ちょっと、びっくりやな。西南戦争で派遣された警察官ということであれば警視隊やろし、福島県士族ということであれば会津藩出身である可能性も高く、であれば元家老の一等大警部・佐川官兵衛とともに九州にやってきた可能性すらある。

maps.app.goo.gl

会津の巡査どん、鹿児島に眠る 西南戦争で派遣、コレラに倒れる 現役巡査が情報元に墓を発見 指宿
2024/01/06 11:53


山中にある加藤忠平巡査の墓を捜し当てた肥後屋修平巡査部長=指宿市岩本

 鹿児島県指宿市岩本の小高い丘に福島県出身の警察官の墓がある。西南戦争があった1877(明治10)年に亡くなり、地域住民が建てたとされる。指宿警察署の署員有志と住民が昨年末、墓を捜し当て、雑木を切り払って参拝できるように整備した。

 墓や指宿署に残る資料などによると、葬られているのは会津士族の加藤忠平二等巡査。西南戦争の際に指宿に派遣され、コレラにかかって病没した。墓は国指定史跡「今和泉島津家墓所」の裏手の山を登った頂上にある。日清日露の戦没者碑や西南の役戦没者碑の横に登り口があったが、雑草木が生い茂り、長らく場所が分からなくなっていた。

 岩本駐在所の肥後屋修平巡査部長(41)が問い合わせを受けて調べたところ、1973(昭和48)年に草むらから発見され、かつては「巡査どんの墓」と呼ばれていたことなどが分かった。しかし、墓の存在は地域住民にも忘れられており、昨年末、有志を募って捜索した。署に残っていた簡略図を頼りに、やぶに分け入って石で囲まれた墓を見つけた。

 捜索に参加した馬場畑末治さん(68)=同市小牧=は「墓の存在を知らなかったので驚いた。見晴らしのいい場所に建てられていることから、地元の人とも親交があったのだろう。地域の宝として残したい」と話した。


〈関連〉福島県士族であることが記された墓の側面

https://373news.com/_news/storyid/188045/

www.kagoshima-kankou.com
sitereports.nabunken.go.jp

大分県護国神社に眠る警視隊警察官の同僚なのだろうか。コレラで病没ということであれば、靖国神社への合祀はされていないのだろうか。知りたいことは山ほどある。

blue-black-osaka.hatenablog.com

会津から九州に赴いて、阿蘇の草に埋もれていた佐川官兵衛を再発見した相田泰三氏や塩谷七重郎氏も、この人物のことは知らなかったのではなかろうか。

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晋州・韓国国際大学の惨状

晋州には何度か行っているので、この大学の名前は聞いたことがあります。ちょっと郊外にあるので実際に訪れたことはないのですが、日本との国際交流絡みでも目にしたことのある大学でした。

それがまさか、今こんなことになっているとは…。

記事入力 : 2023/05/14 20:14
「こんな大学を選んだ私が悪いんです」【朝鮮日報コラム】

 今年初め、韓国の地方私立大学における「新入生営業」の実態を記事にした。大学では新入生の募集が困難になったことから、毎年随時募集が始まる秋になると教授たちが高校を回りながら大学について宣伝するという笑えない話だった。数日前に訪問した慶尚南道晋州市の韓国国際大学の教授たちは、こうした「出稼ぎ」をしなくなって4-5年になるという。財政難で5年間賃金を受け取れず、教職員の相当数が学校を離れたことから、これ以上新入生を受け入れない方がいいと判断したためだ。残った教職員たちは、プライドは傷ついたとしても、何とか大学を生かそうと皆で「必死」に新入生を集めていた時期がむしろ良かったと回想する。

 「桜が咲くたびに潰れる」という話が出始めてから、早5年以上がたった。2018年8月、教育部(日本の省庁に当たる)は今後の大学入試定員と高校生の数を単純計算し「2021年までに38の大学が廃校に追い込まれる」という非公式の予測を出した。しかし、それ以降現在に至るまで実際に閉校した大学は4校だけだ。廃校の津波が押し寄せるはずという見通しとは裏腹に、時間の流れが遅いのだ。

 思ったより状況が悪くないということなのだろうか。実は正反対だ。すでに閉校してもおかしくない大学が持ちこたえているという、さらに悪い兆候が見え始めている。大学は赤字を少しでも減らすために教職員を減らし、老朽化したり故障したりした施設を放置している。革新や投資などはもってのほかだ。大学が本来行うべき教育や研究からも次第に手を引き始めている。人に例えると、死んでしまわない程度に水だけは飲みながら、じっとうずくまって息だけをしているような状態だ。大学が生きたしかばねとなって延命する間、教育は崩壊し、未払い賃金だけが増える。

 こうした大学が早く閉校しない理由は何なのか。現行の私立学校法上、私立大学法人が清算すれば、残った土地や建物は国庫や自治体に帰属するようになる。膨大な私財を投じて大学を建てた設立者やその子孫たちが簡単に大学経営を手放せない理由だ。強制閉鎖するのも容易でない。法人が重大な不正を犯したり、授業がまともに行われなかったりすることで、学生が実際に被害に遭ったことが表面化すれば、ようやく政府は措置を取ることができる。それも数回の警告を経なければならず、時間がかかる。政府が先行して大学を診断し、立て直しが困難と判断された場合には閉鎖を強制できるという法案(私立大学構造改善支援法)が9月に国会に発議されたものの、数カ月間眠ったままだ。この間、限界を迎えた大学の構成員たちの生活はないがしろにされている。

 韓国国際大学は、財政難で建物と校庭が汚れたまま放置され、まともな教育課程を運営することさえ困難な状況を迎えていた。キャンパスを出る前、最後に出会った学生はコンビニでカップラーメンにお湯を注ぐ4年生だった。「学生食堂がなくなって不便じゃないですか」と聞いたところ、帰ってきた返事に思わず言葉が詰まってしまった。「こんな大学を選んだ私が悪いんです」。浪人しなかったこと、大学入試の願書を書く前にきちんと調査をしなかったこと、家の近くの大学に入学したこと、他大学に編入しなかったことなど、どんな理由を挙げてみたところで、その代価は残酷過ぎる。

キム・ウンギョン記者

https://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2023/05/12/2023051280127.html

原文記事はこちらですが、いやもうただ絶句です。

www.chosun.com

韓国国際大学の実情については、こちらの記事の方が詳しく書かれていますね。本文と同時に、写真があまりにも痛々しい。

www.chosun.com




今回の場合、それなりに運営できていた地方私大の転落は、理事長の横領事件によるペナルティが引き金となったようですが、こうした大学が出るのはある程度予測されたことでもあります。ずっと前から進められてきた大学構造改革の結果でもあるわけですから。

blue-black-osaka.hatenablog.com

閉学の危機に瀕している大学は他にもあるわけで、そのあたりをどう始末をつけていくか、気になるところではあります。

慶尚南道の「供花には生花」推進運動

年末年始に慶尚南道各地の墓地を訪れた折、何かそんなことが書いてあるなーとは思っていたんですが、かなり組織立った運動だったんですね。まあ確かに、墓地の供花として近年広く使われてきた造花は、枯れはしませんが、自然還元もしないので、最後はプラスチックごみになる他なかったですからね。そこで改めて生花を供える方針に転換したというわけですか。

いや、よくわかります。前々から問題にされてはいたことです。生花に置き換えるという提案もありました。ただやっぱり、造花の方が買うにも安くて片付けるにも楽なので、ここまでそれでやってきたわけです。

www.agrinet.co.kr
www.yna.co.kr

いずれにせよ、今後、生花を使うとなると、各墓域に供えっぱなしにすると片付けて掃除するのが大変です。各自で毎回持ち帰ることになるか、(納骨堂などにしばしば見られるような)合同献花台に置くことになるか、おそらくは何か対策が取られるのではないでしょうかね。

남해군,‘설맞이 생화 나눔’추진
박영철 기자 승인 2023.01.17 09:08

[남해=박영철 기자] 남해군은 친환경 성묘문화 안착을 위해 오는 설날(1월 22일) 남해공설공원묘원 추모누리에서 ‘설맞이 생화나눔 행사’를 펼친다고 밝혔다.

남해군은 경남화훼자조금협의회와 공동으로 생화 1000다발을 준비해 추모누리를 찾는 성묘객에 무료로 배부할 계획이다.

플라스틱 조화는 쓰레기 문제를 일으킬 뿐 아니라 장기간 방치되어 햇볕에 노출되고 풍화되면 미세플라스틱이 생성되어 대기 및 토양을 오염시키는 것으로 알려져 있다.

이에 남해군은 2023년 1월 이후 조화를 금지하고 생화나 드라이플라워 등을 사용하도록 하는 ‘친환경성묘문화 정착을 위한 플라스틱 조화 사용 금지 시범사업’을 실시할 예정이다.

박영철 기자

http://www.gdnnews.com/news/articleView.html?idxno=23011

‘설 성묘에 조화 대신 생화’…경남도, 추모문화 개선 무료 나눔
2023.01.19 10:34
김정훈 기자


지난해 추석 때 경남도 관계자들이 도내 공원묘원에서 생화 무료 나눔행사를 하고 있다. 경남도 제공

경남도는 설 연휴 성묘객을 대상으로 플라스틱 조화 대신 생화 사용을 권장하는 무료 나눔행사를 한다고 19일 밝혔다.

경남도는 공원묘원 플라스틱 조화 사용을 근절하는 추모문화를 개선하기 위해 16일부터 20일까지를 집중 홍보 기간으로 정했다. 행사 기간에 도내 공원묘원 6곳에서 진행한다.

이 기간에 현금자동입출금기(ATM)와 유선방송사 자막방송 등으로 홍보도 한다.

설 연휴인 오는 21일부터 22일까지 창원 천자봉공원묘원에서 성묘객을 대상으로 생화를 무료로 나눠준다.

22일에는 양산 석계공원묘원과 솥발산공원묘원, 남해 남해추모누리공설종합묘원, 고성 이화공원묘원과 장기공설공원묘지에서도 생화 무료 나눔행사를 선착순으로 진행한다.

경남도는 연간 도내 177t의 플라스틱 조화 폐기물이 발생하는 것으로 추정하고 있다. 경남도는 묘소에 놓인 플라스틱 조화가 미세플라스틱으로 남겨져 토양과 해양오염을 유발한다 밝혔다. 조화를 소각 또는 매립할 때 환경과 인체에 악영향을 미치는 데다 조화 수거 때 철심이 작업자 안전을 위협하기도 한다.

경남도는 지난해 7월 조화 사용 근절을 위해 전국공원묘원협회, 한국화훼자조금협의회, 영남화훼원예농협과 협력해 도내 27개 공원묘원에서 생화를 사용하기로 한 바 있다.

https://m.khan.co.kr/local/Gyeonggnam/article/202301191034001

김해 이어 남해서도 ‘공원묘원 플라스틱 조화 금지’
군, 이달부터 추모누리 조화 제한
탈색 조화 제거 등 상반기 내 정착

기사입력 : 2023-02-03 08:03:58

김해시가 공원묘지 조화 근절 정책을 정착시킨 가운데 남해군도 지난해 추석부터 시작된 플라스틱 조화 근절 정책을 이달부터 강도 높게 시행해 상반기 중에 정착시킬 계획이다.

남해군은 2월부터 군이 운영하는 서면 연죽리 추모누리에 조화 반입을 금지한다고 2일 밝혔다.

군은 조화 대신에 생화 및 드라이플라워, 작은 화분 등을 사용해 고인 추모를 권장하고 있다. 이 곳에는 매장, 평장, 봉안당, 자연 장지 등 총 1만 6000기가 모셔져 있는 것으로 알려졌다.

군은 탈색된 조화는 제거하고, 추가 반입을 막아 올해 상반기 중에 조화를 완전히 없도록 할 방침이다.

군은 또 마을 등에서 관리하고 있는 군내 100여 곳의 공원묘지에 대해서도 조화 반입이 근절될 수 있도록 군민에게 협조를 당부하는 동시에 집중 홍보하기로 했다.

남해군은 앞서 지난해 추석과 올해 설 등 2차례에 걸쳐 경남도, 경남화훼자조금협의회와 함께 생화 1000다발을 준비해 추모누리를 찾는 추모객에게 무료로 나눠주면서 ‘친환경 추모문화 조성’을 적극 홍보했다.

플라스틱 조화는 쓰레기 발생량 증가뿐만 아니라 햇볕에 노출되고 풍화되면 미세 플라스틱이 생성돼 대기 및 토양을 오염시키는 것으로 알려져 있다.

남해군 장사문화팀 관계자는 “자연장지 도입 등 장사 문화에서 선도적인 정책을 편 남해군이 조화 근절도 빨리 정착시킴으로써 친환경 추모문화를 이끌도록 하겠다”고 말했다.


남해군 공원묘원 플라스틱 조화 근절 포스터./남해군/

이병문 기자

http://www.knnews.co.kr/news/articleView.php?idxno=1396145

「산분장(散粉葬)」という「新葬法」

最初に目についたのは、「火葬後の奉安は、絶対的な葬礼方式ではない」という見出しのオーマイニュースの記事で、「ええ、それはまあそうですね」と思ったくらいなのですが、読んでみるといろいろ書いてあって、なかなか面白い記事でした。

화장 후 봉안, 절대적 장례 방식이 아니다
[주장] 화장 후 유골을 가루로 만들어 뿌리는 '산분장' 제도화를 환영하며
23.02.07 09:25 l 최종 업데이트 23.02.07 13:16 l 박진옥(goodnanum)


▲ 서울시립승화원 유택동산 전경 서울시립승화원에는 화장 후 유골을 분골하여 뿌리를 수 있는 시설인 유택동산이 있다. 누구나 무료로 사용할 수 있다. ⓒ 박진옥

지난해 우리나라의 화장률은 90.8%였다. 그렇다면 화장 후 유골은 어떻게 될까? 통계청이 조사한 '2021 사회조사'에서 우리나라 국민이 가장 선호하는 방법은 화장 후 봉안(34.6%) 이었다. 그 다음은 수목장과 같은 자연장이 33%, 화장 후 산·강·바다에 뿌리는 산분(散粉)이 22.3%, 마지막으로 매장이 9.4% 순이었다. 여기서 눈에 띄는 수치는 22.3%의 산분이다. 왜냐면 실제 이용 수치는 고작 8.2%로 다른 방법에 비해 이용률이 크게 떨어지기 때문이다.

선호도의 절반에도 미치지 못하는 이용률 때문인지 지난 1월 5일 보건복지부는 화장한 분골을 산·강·바다 등에 뿌리는 '산분장(散粉葬)'을 제도화하고 2020년 8.2%인 이용률을 2027년까지 30%로 높이겠다는 '제3차 장사시설 수급 종합계획(2023∼2027년)'을 발표했다(종합계획에 있는 자세한 내용이 궁금하시다면 클릭).

왜 이용률이 저조한 걸까?

개인적으로 죽고난 후 나의 유골이 뿌려지길 원한다. 유골함에 담겨 봉안당에 들어가는 것은 어쩐지 답답한 느낌이고, 굳이 자연의 한 구획을 차지하고 싶지도 않다. 물론 서울시립 자연장지는 40년 후 자연스럽게 자연의 일부가 되는 방식을 사용하고 있지만 기간이 너무 길다.

나의 유골은 바람대로 유택동산에 뿌려질 수 있을까? 스스로의 사후사무를 직접 처리할 수는 없다. 장례는 내 몫이 아닌 남아있는 사별자들의 것이기에, 그들을 설득하는 과정이 필요하다. 가족들은 내 유골을 표식을 남기지 않고 뿌리는 것에 동의할까? 그다지 자신이 없다. 지금의 사회적 시선에는 산분이 다른 방법에 비해 '못하다'라는 인식이 깔려 있기 때문이다.

어떤 사람들은 산분이 여러 사람의 유골이 한데 섞이는 것이라는 이유로 '잡탕'이라 부르기도 하고, 어떤 장례지도사는 산골하는 사별자들을 보며 불쌍하다고 혀를 차기도 했다. 화장장에 위치한 유택동산을 두고 "이곳에선 '무연고 사망자'들만 뿌려지는 건가요?"라고 물어보는 사람들도 있다. 유택동산이라는 존재 자체를 대부분이 모른다는 것이 선호도와 이용률의 상반된 지표를 방증하는 것 아닐까?

장례 방식 변천사

어떤 사람들은 산분이라는 방식이 우리나라의 장례문화와 맞지 않는다고 말하기도 한다. 하지만 우리의 장례문화는 정치·이데올로기적, 사회 문화적 요인이 상호작용하여 급변해왔다. 국가는 일정한 시기에 특별한 목적으로 장례 정책을 시행하여 강제함으로써 장례문화에 영향을 미쳐왔다.

4세기 말경 고구려와 백제에 불교가 전래하였다. 이와 함께 불승의 다비를 시작으로 왕족, 귀족, 민간 층으로 화장이 확산하였다. 화장 후 유골은 분골하여 오늘날처럼 뿌리거나 유골을 용기(뼈 항아리)에 담아 탑 등에 안치하였다.

반면 조선시대에는 '주자가례'를 근간으로 국가가 매장을 강제했다. 당시 화장은 오랑캐의 습속이라 하여 탄압했다. 조선 중기 이후에는 유교식 상례가 정착하면서 시신은 매장하고 위패를 사당에 모셔 제사를 지냈다. 하지만 일제 강점기가 되자 일본식 화장 문화와 공동묘지제도가 도입되었다.

광복 이후에는 유교 방식과 일제에 의해 강제 왜곡된 방식이 병존했다. 그러다가 2000년대 초반부터 도시화와 가족구조의 변화, 정부의 적극적인 정책적 의지 및 사회지도층의 참여 등에 힘입어 화장률이 꾸준히 증가했다. 따라서 장례 방식은 불변의 전통이라고 보기 어렵다. 시대 상황에 따라 꾸준히 변화되어 온 것이다.

늘어나는 사망자, 우리는 모두를 봉안할 수 있을까?

우리나라는 이미 출생률 저하로 인해 인구감소가 시작되었다. 인구추계를 보면 2060년 정도까지는 사망자가 계속 증가한다. 그리고 지자체가 운영하는 봉안당은 이미 증가하고 있는 사망자를 감당하지 못하고 있다. 서울시립봉안당의 경우 봉안 조건에 수급자라는 단서를 달았지만, 그마저도 만장으로 인해 봉안이 아예 불가능한 상황이다. 봉안을 원하는 사람들은 어쩔 수 없이 사설 봉안당을 이용해야 할 수밖에 없다. 문제는 사설 봉안당의 경우 적게는 시립 봉안당의 수배, 많게는 수십배에 달하는 비용을 부담해야 한다는 것이다.

하지만 그렇다고 해서 봉안당을 무턱대고 늘릴 수는 없는 노릇이다. 지금의 통계로 보았을 때 2060년에 피크를 찍은 후 사망자의 수는 감소할 수밖에 없다. 그때가 되면 지금의 봉안시설은 과연 어떻게 될까? 새로 유입되는 사망자가 없는 상황에서 자손도 없어 관리되지 않는 봉안시설을 사회적으로 어떻게 관리할지 지금부터 그 대안을 마련해야 한다.

'못하지 않은 선택지'로서의 산분장

이러한 상황을 고려할 때 보건복지부의 이번 종합계획에서 '산분장'을 제도화하고 이용률을 높이겠다는 계획은 타당하다고 생각한다. 봉안과 산분장 두 가지 방법 중 무엇이 더 고인을 품위 있고 존엄하게 보내는 방식이라고 규정할 수 없다. 하지만 제도의 미비와 사람들의 인식은 방법에 있어서 '더 좋은 것'과 '덜한 것'을 나누게 만들었다.

국토 효율과 보건 위생의 관점뿐 아니라 자기결정권의 측면에서도 산분장에 대한 보건복지부의 의지는 환영할 일이다. 많은 사별자들이 '덜한 것'이라는 사회적 편견과 인식 탓에 고인이 원했음에도 다른 방법으로 고인을 모시기도 하고, 산분을 하면서도 끊임 없이 자기변호를 하기도 한다.

특히 '무연고 사망자'의 사별자들은 고인의 유골을 산분하며 죄책감에 눈물을 흘리기도 한다. 남들처럼 깔끔한 봉안당에 고인을 모시지 못하고, 이렇게 '덜한 것'인 산분을 한다는 죄책감이 그들을 괴롭힌다. 시간을 들여 '무연고 사망자'만 이렇게 산분되는 것이 아니며, 이 방법이 다른 것보다 못하지 않다는 것을 설명을 들은 후에야 마음의 짐을 더는 모습을 많이 보아왔다. 만약 보건복지부가 나서서 인식 개선을 해준다면, 이러한 상황의 사별자들의 심리적인 부담도 줄어들 것이다.

이제는 화장 후 봉안만이 절대적 장례 방식이 아니다. 산·강·바다, 그리고 유택동산 등에 '산분장'이라는 또 하나의 선택지가 제시되었다. 나는 "나 죽으면 화장장 유택동산에 그냥 뿌려줘"라고 할 계획이다. 당신도 사망 후 뿌려져서 자연의 일부로 돌아가는 '산분장'에 대해 한 번 생각해 보시고 검색해보시기를 제안하고 싶다.

https://www.ohmynews.com/NWS_Web/View/at_pg.aspx?CNTN_CD=A0002900341

特に目を惹くのはこのあたりですね。

昨年、韓国の火葬率は90.8%だった。では、火葬後の遺骨はどうなるのか?統計庁が調査した「2021社会調査」では、韓国国民が最も好む方法は火葬後奉安(34.6%)だった。続いて、樹木葬などの自然葬が33%、火葬後に山・川・海に散骨する散粉が22.3%、最後に埋葬(土葬)が9.4%の順だった。ここで目立つのは22.3%の散粉である。なぜなら、実際の利用割合はわずか8.2%であり、他の方法に比べて利用率が大きく落ちるからだ。
選好度の半分にも及ばない利用率のためか、去る1月5日、保健福祉部は火葬した粉骨を山・川・海などに撒く「散粉葬」を制度化し、2020年に8.2%だった利用率を2027年まで30%にまで高めるという「第3次葬事施設需給総合計画(2023~2027年)」を発表した。

「散粉葬」、要するに日本語でいう散骨ですが、従前からあるにはあったこの葬法を、政府としても制度化して推進していきたい、ということのようです。

www.mohw.go.kr
https://www.mohw.go.kr/react/modules/download.jsp?BOARD_ID=140&CONT_SEQ=374467&FILE_SEQ=354373

プレスリリースなどを読む限り、つまりは個人の識別(土地の占有)をなくす形でやっていきたいという方向性は明確です。「墓地による土地占有」という問題に長年悩まされてきた韓国ですので、気持ちはわかります。

ただ、それが思惑通りにいくかどうかは不透明です。事実、上のオーマイニュース記事の筆者も、自分がその提案に積極的に乗っていくかという点については言葉を濁しています*1

私の遺骨は、望み通りに幽宅の丘に撒くことができるだろうか。 自らの死後のことを直接処理することはできない。 葬儀は私の役目ではなく、残った死別者のものなので、彼らを説得する過程が必要だ。家族は、私の遺骨を標識も残さず撒くことに同意するだろうか。あまり自信がない。今の社会的視線においては、散粉が他の方法に比べて「行ない難い」という認識が広がっているためだ。
一部の人々は、散粉が多くの人の遺骨が一つに混ざるいう理由で「ごった煮」と呼んだりするし、ある葬儀指導士は散骨する遺族を見てかわいそうだと舌打ちしたりもした。火葬場に位置する幽宅の丘について「ここには『無縁故死亡者』のみが撒かれるのですか?」と尋ねる者もいる。幽宅の丘という存在自体をほとんどの人が知らないというのが、選好度と利用率の相反する指標を傍証するのではないか。

まあ、こうした葬法の提案はこれまでにも何度もありましたし、それを実践している墓地もあります。そもそも、火葬者の遺骨を散骨するための「幽宅の丘」は、たいていの火葬場には設置されています。

にもかかわらず、ここまでさほど普及していないという事実については、もう少しちゃんと考えたほうがよいと思います。経済的効率性や土地有効利用の必要性、あるいは葬墓文化に関するイデオロギーから発する主張はこれまでにも散々謳われている。にもかかわらず、普及の歩みは遅々としている。それは何故か。また、その理由を踏まえたうえで、どのような調整が可能であるか。

下の記事が述べているように、まだまだ道は長いし、研究の余地は多く残されていると思います。

산ㆍ바다에 골분 뿌리는 산분장 제도화, 업계선 찬반 갈려
기사입력 2023-01-25 17:39 기사수정 2023-01-25 17:39

”좋은 변화” vs “갈 길 멀어”… 오는 7월 구체적 실행 계획 발표 예정

화장한 유골을 산이나 바다, 강 등에 뿌리는 장사 방식인 ‘산분장(散粉葬)’이 제도화되는 가운데, 해당 계획을 놓고 관계자들의 의견이 분분하다.

보건복지부가 발표한 ‘제3차 장사시설 수급 종합계획(2023~2027)’에 따르면 정부는 2023년까지 장례 방법으로서의 산분 방식을 구체화하고, 2024년까지 법적 근거를 마련한다. 공간점유가 없는 산분장의 제도화·활성화로 묘지나 봉안 시설 공간 부족을 해소해 지속 가능하고 친자연적인 장례 문화를 확산하는 것이 목적이다.

구체적으로는 산분을 하는 공간에 개인 표식은 설치하지 않되, 고인을 추모할 수 있는 별도의 헌화 공간 등을 마련하고 대국민 홍보를 강화한다. 이를 통해 2027년까지 산분장 이용률을 30%까지 끌어올릴 방침이다.

산분장 제도화 시행에 대해 김석중 키퍼스코리아 대표는 “좋은 움직임”이라는 견해를 밝혔다. 시신을 땅에 묻는 기존의 매장과 불에 태우는 화장 방식에서 발전한 수목장이 과열 양상을 보이고 있기 때문이다.

수목장은 국토는 그대로인데 매장이나 납골에 필요한 묘지 면적은 확대됨에 따라 목초지, 주거지가 훼손되거나 부족해지는 문제가 발생하면서 2000년대 초반 도입됐다. 도입 직후에는 공동묘지나 납골당보다 거부감 없는 분위기와 친환경적인 방법이라는 점 덕에 환영받았으나, 높은 선호도에 따른 과도한 상업화와 고가의 비용, 일부 사립 수목장림의 불법 산림훼손 등 부작용도 잇따른다.

김 대표는 “산분장의 제도화는 새 장묘문화의 길을 트는 계기가 될 수 있다”며 “다만 가족들이 충분히 애도하고, 슬픔을 나눌 상징물을 어떻게 지정할 것인지는 더 생각해봐야 할 문제”라고 당부했다. 이어 “커다란 풍선에 유골을 넣어 하늘로 날려 보내는 일본의 풍선장과 같이 산분장에서 더 나아간 형태의 장례 방식이 속속 나타나는 등 관련 산업이 더욱 확대되고, 그만큼 다양한 고인의 생전 욕구를 해소할 수 있을 것”이라고 전망했다.

그러나 제도화에 앞서 심층적 연구가 필요하다는 목소리도 나온다. 이철영 을지대학교 장례지도학과 교수는 “의례는 한 국가를 상징하는 하나의 문화이자 다음 세대와의 연결고리”라며 “하나의 장법을 정착시키려면 구체적인 기준 마련과 사회적 합의가 필요하다”고 설명했다. 그는 “숲이나 강에 유골을 뿌리는 행위가 아직은 고인을 모시는 게 아니라 버리는 느낌을 받는 사람들도 적지 않다”며 “우리 사회 정서상 부합하는지는 두고 봐야한다”고 말했다.

한편, 보건복지부는 1월 중에 종합계획과 ‘장사시설 지역수급계획 수립 지침’을 지자체에 안내하여 시·도지사와 시장 등이 장사법에 따른 장사시설 지역수급계획을 2023년 7월까지 마련하게 할 예정이다.

문혜진

https://bravo.etoday.co.kr/view/atc_view/14296

*1:遺族の問題にしてしてみたり、世間一般の話をしてみたりしていますが、筆者自身が後ろ向きなのは明らかです。