サガン鳥栖、悲願のJ1昇格へ

人知れずひそかに応援していたチーム、J2発足時のオリジナルメンバーで唯一J1昇格経験のなかったサガン鳥栖が、ついに初のJ1をほぼ決めました。PJMフューチャーズ鳥栖に移転してきた時から数えたら、いったい何年越しになるんでしょうか。

大分が降格し、福岡が出戻る中で、J1九州の砦として、是非J1に定着してほしいですね。

鳥栖 昇格ほぼ確実 参入13年目初のJ1
2011年11月28日 00:55


J1昇格をほぼ確実にする3点目のゴールに喜ぶ選手とスタッフたち=27日午後、徳島県鳴門市(撮影・吉留常人)

サッカーJ2のサガン鳥栖が27日、徳島県鳴門市の鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアムでのJ2第37節・徳島ヴォルティス戦に3−0で快勝し、来季のJ1初昇格をほぼ確実にした。Jリーグ参入13年目での悲願成就となる。

 J2の3位以上が来季、J1に昇格する。鳥栖は勝ち点を68に伸ばして2位を守り、3位コンサドーレ札幌、4位徳島の両チームと勝ち点3差。12月3日の今季最終節に敗れると徳島、札幌と勝ち点で並ばれる可能性があるが、勝ち点が同じ場合に順位決定の条件となる得失点差で、札幌と徳島を大きく上回っている。

 今季最終節で、鳥栖は本拠地ベストアメニティスタジアム佐賀県鳥栖市)で午後0時半からロアッソ熊本と対戦。徳島はファジアーノ岡山、札幌はFC東京と戦う。

=2011/11/28付 西日本新聞朝刊=

http://www.nishinippon.co.jp/nsp/item/275262

サポーター歓喜の渦 サガン鳥栖J1へ
2011年11月28日 01:31


佐賀市で開催されたパブリックビューイングでは、試合終了と同時にサポーターが大喜び

 「よくやった」「よしJ1だ」−。サッカーJ2・サガン鳥栖がJ1昇格を争う“ライバル”徳島ヴォルティスを3−0で下し、昇格を「決定的」にした27日、佐賀市呉服元町の656(むつごろう)広場でパブリックビューイングを開催。約300人のサポーターが、サガンイレブンの勝利に酔いしれた。

 試合は、前半早々にサガンが先制。サポーターは一気に盛り上がった。「絶対、決めると思ってました。このまま押せ押せです」と佐賀市中折町の会社員高橋博之さん(39)。数分後に迎えた相手PKのピンチも、GK赤星拓選手の好守に会場は沸いた。鳥栖市原町の会社員森田かおりさん(19)は「ドキドキハラハラでしたが、さすが赤星選手。昇格を目指す気迫のプレーでした」。

 サガンは、前半にさらに1点、後半にも1点を追加し、そのまま試合終了のホイッスル。サポーターが「やった!」と一斉に両手を突き上げ、会場は歓喜の渦に。「勝つと信じてた」と佐賀市中の館町の小学1年神谷遼君(7)は興奮。10年前からサポーターという鳥栖市鳥栖町の大学4年藤吉勇矢さん(22)は「最高。この瞬間をどれだけ待っていたか」と満喫していた。

 J1昇格を争うライバル同士の大一番に、鳥栖市の橋本康志市長も敵地のスタジアムまで足を運び、サガン選手に声援を送った。

 今季、観戦した試合はほとんどが勝ち試合だったという橋本市長は「最初から最後までサガンらしい戦いですばらしい試合を見せてもらった。はるばる応援しに来たかいがあった」と大喜び。昇格を確実にした選手たちを祝福。「堂々と昇格できる試合内容で、ずっとJ1に居続けてほしい。われわれも精いっぱい頑張って支えていきたい」とたたえた。

=2011/11/28付 西日本新聞朝刊=

http://www.nishinippon.co.jp/nnp/item/275288

2011年11月27日更新
サガン鳥栖、J1“当確” 徳島に3−0


鳥栖−徳島 前半、先制ゴールを決める鳥栖のMF金民友(右)=徳島県鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム

 サッカー・J2サガン鳥栖は第37節最終日の27日、徳島県鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアムで、徳島ヴォルティスと対戦し3−0で快勝した。通算成績は19勝11分け7敗(勝ち点68)で、2位をキープ。12月3日の最終節を前に、3位札幌、4位徳島に対して勝ち点3差をつけた。鳥栖は得失点差で両チームを大きく引き離しているため、勝ち点で並ばれても順位を逆転される可能性は極めて少なく、悲願のJ1昇格が決定的になった。

 勝利したチームが昇格に大きく前進する大一番。選手たちは90分間、気持ちのこもったプレーを見せ、相手を圧倒した。前半6分に、FW豊田陽平選手のパスを受けたMF金民友(キムミヌ)選手が冷静にシュートを決めて先制。同30分には、FKのこぼれ球をFW池田圭選手が押し込み追加点を挙げた。後半にもエースの豊田選手がダメ押しのヘディングシュート。守備では、前半10分にGK赤星拓選手がPKを止めるなど奮起。DF陣も最後まで集中力を切らさず、相手を無失点に抑えた。

 昇格をほぼ確実にしたことについて、尹晶煥(ユンジョンファン)監督は「選手やたくさんのサポーターをはじめ、いろんな人の力が結束した結果」と感謝を述べ、「今日のこの日が、一生で一番の喜びを感じる日」と話した。

 この日は、アウェーにもかかわらず、約1200人のサポーターが集結。熱い声援で選手を後押し、試合後はJ1当確の喜びを分かち合った。

http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2091849.article.html

2011年11月28日更新
フロント陣も歓喜 サガン鳥栖“夢結実”


試合後、尹晶煥監督を笑顔で出迎えるサガン・ドリームス井川幸広会長(右)=徳島県鳴門・大塚スポーツパークポカリスエットスタジアム

 「夢結束」を今季のスローガンに掲げたサガン鳥栖が27日、J1昇格をほぼ手中にした。数々の苦難を乗り越え、選手やサポーターと夢を共有してきたフロント陣も歓喜に沸いた。2005年のチーム存続の危機を救ったチーム運営会社サガン・ドリームス井川幸広会長は、試合を終えた尹晶煥(ユンジョンファン)監督を笑顔で出迎え、がっちりと握手を交わした。

 勝利を見届け井川会長は「頭が真っ白。我慢してたけど、サポーターの涙でもらい泣きしました」と目頭を押さえた。シーズンオフには毎年のように経営問題で揺れていたクラブを引き受けたのが、東京の人材派遣会社「クリーク・アンド・リバー」の社長を務める佐賀出身の井川会長だ。

 以来、限られた予算の中、身の丈にあった強化でJ1に昇格できるチームに育て上げた。井川会長は「引き受けて6年。いつか来ると思ってたけど長かった。でも、これだけの人が注目し応援してくれる。これからが大切。その人たちの気持ちをもっと燃え上がらせたい」と意欲を見せた。

 竹原稔社長は尹監督と同じく就任1年目。今年5月の就任後、チームは破竹の勢いで勝ち続け16戦無敗の記録を打ち立てた。“持ってる社長”は「上がるのが目的ではない。チームだけでなくフロントも力をつけて、J1で長く活躍できるクラブにする」と誓いを新たにした。

http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2092136.article.html

尹晶煥が監督を務め、韓国A代表にも選出された金民友もいるため、こんな記事も出ています。

윤정환 감독,사간도스를 J1승격 이끌어
기사입력 : 2011.11.27 17:43
정홍재

J리그 2부 팀인 사간 도스의 윤정환 감독이 다음 시즌 J1리그 승격을 거의 확정지었다.

사간도스는 27일 열린 J2리그 37라운드 도쿠시마와의 원정경기에서 김민우의 선제골과 함께 3대0으로 승리함으로써 2위가 되었다. 승점 68점인 사간 도스는 3위 콘사도레 삿포로와 4위 도쿠시마 볼티스와 한경기를 남겨놓은 가운데 3점차이다. 하지만 두 팀과의 득실차가 많은 차이가 나 사실상 승격을 확정지었다.
현재 J리그는 상하위리그에서 3팀이 각각 승격과 강등이 되는 시스템이다.


올 시즌 처음 감독을 맡은 윤정환 감독은 팀을 1부리그로 승격시키면서 지도자로서의 능력을 인정받게 되었다. 사간 도스팀에 있는 한국 선수로는 김민우,김병석,김명휘이며 김희호 코치가 감독과 함께하고 있다.

윤정환은 2006년 당시 J2의 사간도스로 이적해 클럽사상 최고성적인 4위로 이끌었다. 2007년은 슈퍼서브로 활약했고,같은해 계약종료와 함께 은퇴했다. 은퇴후에는 테크니컬어드바이저로서 팀에 남았고,유스팀과 축구학교등 지역 어린이를 위한 축구보급에 앞장섰다. 2009년 사간도스의 코치로 취임했고,2010년에는 헤드코치로 승격한후 2011년 S급라이센스 취득과 동시에 사간도스의 감독으로 정식취임했다. 또한,2011년 J리그 38개 클럽중 최연소 감독이 되었다.

[사진. 윤정환 감독.jsgoal 홈페이지 캡쳐]

http://xportsnews.hankyung.com/?ac=acts&tac=article_view&type=0&indexno=1715

まあ、九州は関東よりも韓国に近いですしね。鳥栖なら福岡経由で観戦ツアーだって組みやすいでしょう。アクセス面でも、鳥栖ベストアメニティスタジアム鳥栖の駅前ど真ん前ですし。

Jリーグ公式サイト:スタジアムガイド:ベストアメニティスタジアム

万博よりも数段いいスタジアムです。

ああ、これ見ると、ジヨンが初めて覚えた日本語が映りこんでいますね。


追記:朝鮮日報」日本語版に出たこの記事。鳥栖佐賀県の都市であることをきちんと踏まえての見出しなのか、「サガ鳥栖」のアタマの部分を単純に「佐賀」に置き換えて理解してしまっただけのことなのか、やや微妙な感じがします*1

記事入力 : 2011/11/29 08:32
サッカー: 佐賀を悲願のJ1昇格に導いた尹晶煥監督
万年J2のサガン鳥栖、J1昇格に王手

 指導者に転身した「知恵者」こと尹晶煥ユン・ジョンファン)監督(38)が、日本のJリーグで万年下位だったチームの悲願を達成した。尹監督率いるJ2のサガン鳥栖が、27日に行われた徳島ヴォルティス戦に3−0で勝利し、チーム創設後初めてJ1への昇格をほぼ確定させたのだ。

 日本のJリーグは、J2の上位1―3位が翌シーズンからJ1に昇格する。サガン鳥栖は現在勝ち点68で、3位のコンサドーレ札幌と4位の徳島(共に勝ち点65)を抑えてリーグ2位につけている。得失点差でもサガン鳥栖は+34で、札幌(+16)、徳島(+14)を大きく引き離しており、来月3日に行われる最終戦に負けても昇格がほぼ確実な状況だ。

 九州にある人口7万人の小都市、佐賀県鳥栖市を本拠地とするサガン鳥栖は、J2でも下位に低迷する弱小チームだった。

 1999年にJ2に加盟してから13年間、一度もJ1に昇格できず、2003年には1シーズン44試合のうち3勝しか挙げられずにチーム解散の危機に追い込まれた。

 尹監督は06―07年にサガン鳥栖で選手としてプレーし、引退後はチームのテクニカルアドバイザーやヘッドコーチを務め、今シーズンから監督に就任した。現役時代は、キラリと光るパスセンスや相手の動きを読む鋭いプレーで「天才ゲームメーカー」と呼ばれていたが、監督としては現役時代のプレースタイルとは異なる戦術を見せた。

 中盤での細かなパスワークよりも突破力を重視し、運動量の多い金民友(キム・ミンウ)=21=などを積極的に起用、サイド主体の攻撃を展開した。また、守備の面では4バックの組織力を集中的に強化し、失点の大幅な減少(10年41失点→11年32失点)につなげた。

 尹監督は「スピードがあり強い韓国人選手たちは日本の舞台で通用する傾向がある。自分のスタイルにこだわらず、勝てるサッカーを目指した」と語った。

 現役時代には所属チームの監督から「あまり話さないので、何を考えているのか分からない」と言われていたが、その内向的な性格も変わった。尹監督は、負け意識の浸透していた選手たちに「闘志と粘り」を強調し続けた。すると、昨シーズン9位に終わったサガン鳥栖は、今シーズンは序盤から上位争いに絡み、旋風を巻き起こした。

 朝日新聞など日本のメディアは「サガン鳥栖の躍進の要因は、今シーズン就任した尹晶煥監督のリーダーシップが選手たちに浸透したこと」と評価。尹監督は「今シーズンは最初から選手たちがJ1昇格という目標に向かって一丸となった。その結果、13年越しの悲願を達成できた」と語った。

孫章薫(ソン・ジャンフン)記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/11/29/2011112900370.html

*1:もちろんそれもかかってはいるんですが。