問題は、「不振」であることよりもむしろ

記者の問題意識は理解できるんですけど、取り上げられている内容は、そこのレベルの議論にとどまらないのではないでしょうか。

女子マラソン 不振の理由は?
運動部五輪担当デスク 小石川弘幸


アテネ五輪の女子マラソンで金メダルのゴールを切る野口みずき(2004年8月22日撮影)

 2000年シドニー、04年アテネ五輪と2大会続けて金メダルを獲得し、かつては日本のお家芸と言われた女子マラソン。ところが、ここ数年はちょっぴり元気がない。

 トップ選手の高齢化が進み、全体のタイムも伸び悩んでいる。中学や高校の駅伝も盛んで、女子長距離の裾野も広がったはずなのにどうしてなのか…。

 そんな問題の解明に挑んだ人がいる。元トヨタ車体陸上部監督の高橋昌彦さん(47)だ。高橋さんは、「女子マラソンの低迷の原因がジュニア期の競技活動と何らかの関係があるのではないか」と考え、早大スポーツ科学研究科で学んだ一昨年、無記名のアンケート調査を実施した(論文を学会に投稿中)。

 対象は、過去の五輪と世界選手権の女子マラソンのメダリスト、入賞者20人を含む全ての実業団と有力クラブチームの長距離選手424人で、383人(90・3%)からの回答を得た。大変な労作である。

 その結果、五輪、世界選手権など国際大会の代表に選ばれている選手の方が、いない選手より、中学時代は「朝練習をしなかった」「オフシーズンが長い」「走る距離も少ない」「月経異常も少ない」「競技を楽しんでいた」ことなどが分かった。

 「ある意味で予想通りの結果だった」と高橋さんは言う。中学、高校駅伝の強豪校は、実業団並みのハードなトレーニングをさせている可能性がある。体脂肪率が低くなり、長期間、月経のない選手もいる。そうした選手は、ホルモンのバランスが崩れて骨密度が低い状態となり、次第に疲労骨折など故障をしやすくなる。

 国際大会の代表に選ばれた選手で、中学時代に月経異常があったのは3・4%。一方、代表に選ばれていない選手では、その割合が5倍以上の18・4%に跳ね上がる。実業団などに進まずに陸上競技をやめてしまった選手を加えれば、強豪校のかなり割合の選手が月経異常なのではないかと推測される。

 「駅伝の強豪校のエース選手は、力はあるけど、おそらく半分以上が燃え尽きたり、故障したりして大人になるまでに陸上競技をやめてしまっているのではないか。ジュニア選手の指導者は、すべてを出し切らせてはだめ。将来を考えて、まず土台を大きくしなくては」

 中学や高校の全国駅伝大会。中高生が地元の代表として実業団選手と一緒に走る都道府県対校駅伝…。女子中高生の長距離種目が、これほど注目される国もないだろう。しかし、本来、選手育成を目的としたジュニアの大会の過熱が、逆にシニア選手の弱体化を招いている可能性があるとしたら、こんな皮肉なことはない。

(2012年4月13日 読売新聞)

http://www.yomiuri.co.jp/job/biz/columnsports/20120411-OYT8T00813.htm

「限界を目指すトップクラスのスポーツが健康にいいはずはない」などというのは、わかりきったことです。

しかし、下記の論文にあるように、「体脂肪率を下げること」と「速く走ること」とが正の相関関係にあるとすれば、「(月経不順だけでなく、摂食障害や貧血・骨粗鬆症といった)障害のリスクと競技活動との間で、どこにバランスを取るのか」というのは、ジュニアクラスに限られない難しい問題になってきます。

「鍛えればいい」という問題ではないと同時に、「鍛えなければいい」という問題でもないからです。


…このことから,予選通過チームについては,一般女子学生や他種目の女子競技者と比較すると,“女子駅伝選手(女子中長距離女子選手)はかなりの痩身である”(宮広ら,1998)という,これまでの多くの研究・報告と同様の傾向が見られたが,その一方で本学チームは予選通過チームと比較して,長身ではあるが身長に対して体重が多いことが見て取れる。

(中略)

また,このような「女子長距離選手の身体組成」と,前述した「競技力(パフォーマンス)」や「トレーニング」との関連性については従来から研究が進められてきており(豊岡,1999;石川ら,2004ほか),今や「競技力(パフォーマンス)と体脂肪率の間には高い相関がある」(満園ら,1994ほか)ことは定説となっている。つまり,女子長距離・駅伝競技においては「体が軽ければ(体脂肪重量が少なければ)速く走ることができる」ということなのである。したがって,昨今行われている女子長距離・駅伝選手のトレーニングにおいて量的な側面(走行距離・時間など)に特に重点が置かれている事例を見受けるが,高い競技力を獲得・維持するためにはやむを得ない傾向であるとも考えられる。

しかしながら一方では,このようなトレーニングの傾向と並行してさまざまな問題が発生していることを見逃すことはできない。その顕著な例が,不適切な減量・ウェイトコントロールによって引き起こされる身体的・精神的障害(貧血,骨粗しょう症摂食障害など)である。(石田ら,1995)残念ながら,これらの障害は本学チームにおいても散見されるが,(トレーニング量の増大・厳しい体重制限などによってもたらされる)競技力の向上と障害が発生する危険性とは紙一重のところにあるのも事実であり,実際のコーチングにおいてコントロールするのが非常に難しい部分でもある。今後の継続的な課題とすべきであろう。

http://libir-bw.bss.ac.jp/jspui/bitstream/10693/130/1/%E3%81%B3%E3%82%8F%E3%81%93%E6%88%90%E8%B9%8A%E7%B4%80%E8%A6%813%E5%8F%B7_023-036%E6%B8%8B%E8%B0%B7.pdf

ただ、競技生活を終えた後の人生は、長く続くものです。そこで苦しんだり後悔したり、そんな人をむやみやたらに輩出するような構造があるとすれば、それはやはり捨て置けないと思います。

引退後、これで長く苦しんでいた人を身近に知っているだけに、「危険性とは紙一重のところ」にあるということを、あまり軽々しく競技力向上の観点のみで論じてほしくはないなあ、と感じたわけです。