愛知・刈谷工生自殺で遺族に死亡見舞金支給を決定

今になって『週刊女性』が長い記事を書いていると思ったら、こちらの決定が先に出ていたんですね。一時は不支給が決定されていたのですが、覆されたとのことです。

刈谷工生自殺遺族に見舞金
2016年03月24日

 愛知県立刈谷工業高校2年の山田恭平さん(当時16歳)が2011年6月に自殺した問題で、独立行政法人日本スポーツ振興センター」(東京都)が、遺族に死亡見舞金2800万円の支給を決定したことがわかった。遺族への決定通知は15日付。センターは昨年7月、不支給を決定していたが、判断を覆した。

 この問題は、県の第三者委員会が調査し、山田さんは所属する野球部で他部員への体罰を見聞きしたことなどからうつ病が進行して自殺に至ったとする最終報告書を14年2月にまとめている。同センターは国と学校側、保護者による互助共済で、学校内の事件事故の災害共済給付制度を運営。不支給決定に対し、遺族が昨年9月、不服審査請求を行ったところ、同センターは「学校の管理下で発生した事件に起因する」と認め、給付の対象外となる「故意に死亡したとき」には当たらないとした。

 母親の優美子さん(46)は「センターの基準があいまいなことに疑問が残る。これが前例となり、個々の事例をきちんと判断し、原則不支給としている高校生の自殺への給付が認められるようになれば」と話した。

http://www.yomiuri.co.jp/chubu/news/20160323-OYTNT50396.html

もちろん問題は、支給された金銭よりも、そこに至るまでの判断、その前提となる調査と事実認定です。

学校死を考える
愛知・高校球児自殺、体罰が当たり前の野球部に耐え切れず
2016年03月31日(木) 05時00分〈週刊女性2016年4月12日号〉

 '11年6月10日、愛知県安城市の廃車置き場で、県立刈谷工業高校の2年生、山田恭平くん(当時16)が亡くなっているのが発見された。

 前日の9日午前10時ごろ、学校から仕事中の母・優美子さん(46)に、「(恭平くんは)今日も休みですか?」と連絡があった。前日も休んでおり「今日も途中で行けなくなったのかな」と考えた。メールや電話の返事がないのは、バツが悪いためと思っていた。

 優美子さんが帰宅したのは午後6時ごろ。恭平くんは家におらず、部屋のベッドの上に携帯電話が置かれていた。「普通じゃない」と思っていると、練炭の箱を見つけた。

 翌日、自転車が発見されて現場に向かった優美子さんは、廃車の中で恭平くんの亡骸を発見した。足元には練炭が置かれていた。死因は一酸化炭素中毒死。死亡推定時刻は9日午後4時ごろ。

「本当に寝ているようにしか見えませんでした。ちょっと目が開いていて、涙がたまっているようで」(優美子さん)

 今年3月9日の月命日。優美子さんは数年ぶりに、恭平くんが発見された現場に向かった。自宅から見ると、学校とは反対の方向だ。

「あの日、弁当箱を忘れていました。以前にも忘れて購買部のパンを買って食べたことがあり“意外とおいしかった”と言っていたので、またパンを買うんだろうと思ったんです。追いかければよかった」

 幼稚園のころは女の子の友達が多い子だった。暴力が嫌いで折り紙や工作が好きだった恭平くん。小学生で野球を始めて活発になり、中学や高校でも野球部に。両親も一緒になって、ナゴヤドームに野球を見に行ったりした。

 大柄で左投げ左打ち。中学では4番でレフトを守った。

「ほかの子に比べて胸板が厚く、バットに当たればボールは飛んだ」(優美子さん)

 ただ、高1の12月ごろ、『技能五輪』にも関心を寄せた。社会人の技術者と工業高校生が技術を競い高め合う大会だ。中3の夏休みに市の発明クラブ会長賞をとるほど、工作や機械への関心は強かった。

 技術系の部活とのかけ持ちも考えていたようで、友人にメールで相談していた。野球部をやめたいと母親や担任、野球部の副部長にも相談したが、2軍監督でもある副部長に「中途半端なことをするな」と慰留された。

 恭平くんの自殺に関連して、副部長による体罰があったことがわかっている。恭平くんへの直接の体罰はない。

 副部長の部員への対応は4つに分かれていた。体罰、暴言、無視、えこひいき。恭平くんには「暴言」だった。

 ただ、1年生の3月からずっと優美子さんに、「あんなに人を殴って楽しいのかな」「たるんでいるとか、そういう理由でほかのチームメートを殴る」「(友人が殴られているのを)止められないのも嫌だし……」などと話していた。

 恭平くんは小学6年のとき、少年野球をやめたことがある。理由は怒鳴るコーチが加わったこと。それだけ理不尽な暴言を嫌っていた。

 2年生の4月に再び、担任と母親に相談した。監督に「退部したい」と伝えると、「逃げているだろう」と追い返された。その直後、監督が辞任すると噂が流れた。やめはしなかったものの、恭平くんは監督の言葉に、自分は逃げるんじゃないか、と矛盾を感じた。

 さらに、恭平くんを追いつめる“事件”が起きる。テスト期間中の5月19日、5人の野球部員が部室横でトランプをしていた。体育の教諭が見つけ、知らされた副部長は数日後の練習試合の合間、5人に体罰を行った。

 のちに作成された調査報告書によると、ひとりに平手打ち3回と蹴り1回。ほかの4人には平手打ち1回ずつ。それを目撃した恭平くんは帰宅後、母親に話した。

「すげえ嫌なものを見た。すごいかわいそうだった」

 26日、中間テストの結果が出されるが、恭平くんは欠席。この日、携帯サイト『うつ病診断』にアクセスしている。結果は「重いうつ病にかかっている可能性」だった。

 5月下旬のある日、練習中にエラーをして副部長に、「ユニホームを脱げ! 消えろ!!」と怒鳴られた。以後、恭平くんは練習に出なくなった。6月6日、副部長がキャプテンを通じて、恭平くんを呼び出した。この日、恭平くんは友人に、

《とりあえず、ビンタ、タイキック、グーパンチ覚悟。そして、第一声はどういうつもりだ?!…予想》とメールしている。  友人は《ビンタ×5》

 と返信。恭平くんは、

《えー…、まあ覚悟はしておきます。顔面腫れ上がっていても気に為さらないでください。(笑)》

 と送った。これまで直接は暴力を受けていなかったが、サボっている中での呼び出しで、体罰を予感したのだろう。

 恭平くんは呼び出しに応じなかった。7日、校内で副部長に見つかるが、恭平くんは避けてしまった。8日、副部長と体育の授業で顔を合わせるはずだったが、恭平くんは欠席。その翌日に亡くなった。

 直前の6月1日、文部科学省は「児童生徒の自殺が起きたときの背景調査の在り方について」という文書を通知。そこには初期調査について、「できるだけ速やかに、その経過について遺族に説明する必要がある」と書かれている。

 しかし、優美子さんが知らない間に、学校は報告書を県教委に提出していた。学校への不信感を持ったため、両親は調査委員会の設置を求めた。

 だが、委員の名前は「非公開」。誰かも知らない人に話せないと思った両親が、名前や職業を知りたいと要望すると、「精神科医です」「弁護士です」などと職業だけを名乗った。

 また生徒への聞き取りはされず、両親も調査委の質問に答える以外は発言禁止とされたため、この調査委を拒否して退席。県知事に要望書を出した。

 '12年4月、県知事のもと、新しく第三者委員会(事務局は知事政策局)ができた。こうした委員会は愛知県内では初めて。しかし、聞き取りができたのは対象となった同級生35人と野球部の同学年21人のうち5人。

「最初は聞き取りに応じてくれた生徒はゼロでした。調査委に何度もお願いしました。学校側から電話で生徒たちにどう依頼したのか、調査委は把握していません。そのため手紙も出してもらいました」

 その結果、元同級生1人の聞き取りと12人の書面アンケート、野球部で1人の聞き取りと2人の書面アンケートの協力が得られた。

 調査委による聞き取りとは別に、優美子さんは部員の話を聞いているが、その記録は採用されなかった。

「証拠として提出することに同意がないから、との理由でしたが、“同意を取ればいいのか?”と聞いても、明確な回答はありませんでした」

 '14年2月、調査報告書が出された。①健康上の問題、②野球部の雰囲気、③学業成績に関する親からの期待やプレッシャー、の3点を恭平くんに葛藤をもたらした要因としてあげている。健康上の問題は、肩を壊したが、治療のために通院し、練習ができるまで回復した、としている。

 体罰を含む野球部の雰囲気については、部活を変えようとしたが、副部長と監督からの慰留によってやめられなかったことを指摘している。

 児童虐待防止法でも、父母間暴力を見聞きする「DVウィットネス」(DVの目撃者)は虐待の一種と考えられているが、体罰も同様だと位置づけ、《自殺に至る過程の中では、重視して考えなければならない》とした。

 副部長は恭平くんに「ユニホームを脱げ! 消えろ!!」と言ったことも両親には認めた。しかし調査委で副部長は「(暴言を)使ったのは1年生の夏前、“死ね”の意味ではない」と弁明した。

 採用されなかった部員からの聞き取りでは恭平くんが副部長の標的にされていたとの証言も。肩を壊していたことを知りながら、恭平くんに思い切り投げるように命じていたとも。

 親からの期待やプレッシャーは、《まじめに勉強に打ち込んだが、思うような成績をあげられ》なかったなどと指摘した。優美子さんはこう話す。

「恭平が部活を辞めたいと言ったとき、父親が“部活を続けていると就職に有利”という話はしましたが、一般的な話で強制はしていません」

 報告書を読んだ優美子さんは感じたことがある。

「恭平がなぜ野球をやめたくなったのかを調べてほしかったのですが、ダメでした」

 同年5月、東海地方で『学校事故事件遺族連絡会』を設立。優美子さんは呼びかけ人のひとりとなった。ほかの遺族との情報交換のためだ。

 優美子さんは、「体罰を目撃したことでうつ状態になった」点に注目していた。聞き取りが不十分で、事実認定に限界があり、ほかの手段を考えた。現在、愛知県弁護士会人権救済申し立て中だ。

「やれることはやっておきたいんです」

 スポーツ振興センターに死亡見舞金の申請もした。高校生の自殺は「故意による死亡」とされることが多く、恭平くんの場合も見舞金は認められなかった。

 しかし部員たちの聞き取りを加えて不服審査請求をした。結果、3月15日付で「学校の管理下において発生した事件に起因する死亡」と認められた。

 県教委は取材に対し、「内容を把握しておらず、コメントできない」と回答。県知事政策局は「若者の自殺が多い中、高校生の自殺についても紋切り型の判断ではなく、きちんと検証された結果」とした。

「恭平の死が個人の心の問題ではなく、追い詰められた末の死と認めてもらえたと思います」(優美子さん)

 今日も「ただいま恭平」と仏壇に声をかけた。

取材・文/渋井哲也

http://www.jprime.jp/tv_net/affair/25639