ブラックバイトと大学教育:世の中の悪意と理不尽から身を守る術を学生が身につけることで得られるもの

私の意識としては、こちらの記事と関連したネタです。

blue-black-osaka.hatenablog.com

この問題については第一人者と言ってもいい大内先生が書いたこの記事は、長文ですが必要な内容が詰まっています。ここで指摘されている事実関係は二つ。第一に、学費の高騰と親の貧困化とによって厳しい経済状況に追い込まれている学生の現在(の時間や体力)を、非正規雇用の中に組みこむことで企業・経済界が食いつぶしているということ。第二に、「奨学金」という名のもとで有利子での返済が必要なローンを組ませている日本学生支援機構が、学生の将来(の可処分所得と消費活動)を先食いしているということです。

企業も学生支援機構も、自己利益のために学生を手段としている点については変わりません。

でまあ、そこを批判することも大事なのですけど、学生の側に立てば、まずはそうした悪意や理不尽が現実に存在することを認めたうえで、それらからいかに身を守るか、その術を身に付けることが先決です。そうした観点からすると、大内先生が書いている提案の中でも、「労働法教育の普及」は最も効果的で、しかもすぐにできることです。

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「文系理系学部専攻の別を問わず、労働法科目を大学1回生の必修科目とする」なんてことは、大層な手続きを経ずとも、カリキュラム編成の裁量の範囲で可能でしょう。できれば、それにプラスして、資本主義の理論的なところも学んでおきたいところです。

ベーシック労働法 第6版補訂版 (有斐閣アルマ)

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経済原論 簡約版―資本主義経済の構造と動態

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こうした科目内容を学生に教えることは、企業経営サイドのニーズに応じたものとは言い難いですし、そちらからは必ずしも歓迎されないかもしれません。が、長い目で見れば、経済界にとってもマイナスにはならないことだと思うんですよね。人を使い捨てる奴隷労働が、持続的で安定した社会に繋がるわけがないでしょう?

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その上で、学生相手の金貸し業=日本学生支援機構については、まず極力利用しないことです。そんなものを利用し(て借金を抱え)ないで済むよう、学生・保護者はあらゆる手段を尽くすべきです。また周囲の大人は、将来を蝕むことになる借金を学生が在学中から抱えないで済む環境を整えるために尽力すべきです。

そこで出てくる給付型奨学金や学費減免制度の充実、学費引き下げのための補助などは、対象となる学生個々人が受益者なのではありません。そうではなく、悪意や理不尽によって食いつぶされろことなく卒業した後で彼らが支えることになる社会全体が、彼らを通じて受益することになるんですよ。

2016年08月17日(水) 大内裕和
急増する「ブラックバイト問題」〜学生の未来を奪うほどの驚くべき実態
長時間労働、賃金未払い、セクハラ…

文/大内裕和(中京大学教授)

「これが本当にアルバイトなのか?」

「ブラックバイト」とは、2013年7月に私が考え出した言葉である。この言葉が、短期間にこれだけ多くの人々に知られるようになったのは、学生アルバイトの現状がとても深刻になっていることを示している。

2010年前後から、毎年恒例であったゼミ合宿が学生のアルバイトのために成り立たなくなった。また、試験前や試験期間中に「アルバイトのために勉強できない」という学生の悲鳴が上がるようになった。さらに、アルバイトのために、試験そのものを欠席して単位を落としたり、就職の面接に行けなかったりする学生と出会った。

私は「このままでは大学教育はできない」と考え、2013年6月~7月にかけて学生のアルバイト調査を実施した。この調査によって私は驚くべき実態を知ることができた。

学業に差し支える長時間労働、賃金未払い、サービス残業、ノルマを達成できないときに自分で商品を買い取る「自爆営業」、本人の希望を無視したシフト設定、辞める場合の罰金請求、パワハラ、セクハラ……違法行為や劣悪な働かせ方が横行していたのだ。

そこで学生の個人名を伏せて、自分のフェイスブックにバイトの実態を掲載した。短い期間にその投稿はとても多くシェアされ、内容にも大きな反響があった。

すでに大学を卒業してかなりの年数が経っている世代の人々からは、「これが本当にアルバイトなのか?」という驚きの声が数多く寄せられた。一方で現役の高校生や大学生からは、北海道から沖縄まで全国から「私の地域も同じです」との反応が返ってきた。

そこで私は、これは自分の身の回りのみの現象ではないと判断し、「ブラック企業」になぞらえて、「ブラックバイト」と名づけた。

ブラックバイトを次のように定義した。

「学生であることを尊重しないアルバイト。フリーターの増加や非正規雇用労働の基幹化が進むなかで登場した。低賃金であるにもかかわらず、正規雇用労働者並みの義務やノルマを課されたり、学生生活に支障をきたしたりするほどの重労働を強いられることが多い」

私も参加したブラック企業対策プロジェクトの「学生アルバイト全国調査」(2014年)によれば、希望していないシフトに入れられたことがある大学生が21.3%であることをはじめ、残業代不払いやパワハラなど何らかの不当な扱いを受けている割合が66.9%に達している。このことは、ブラックバイトが大学生の間で広く浸透していることを示している。

急速に悪化する「親の貧困」

ブラックバイトの登場には主に2つの社会的背景がある。

第一に、学費の高騰と親の貧困化が挙げられる。1960年代後半には、年間わずか1万2000円であった国立大学の授業料は、2015年度の標準額で53万5800円、初年度納付金は81万7800円にも達している。私立大学となれば授業料の平均は86万72円であり、初年度納付金は131万2526円とさらに高くなる(文部科学省調査、2015年)。

1970年代~90年代にかけて大学授業料が年々引き上げられたにもかかわらず、そのことが大きな社会問題とならなかったのは、終身雇用と年功序列型賃金を特徴とする日本型雇用が健在で、親の収入が上がり続けたからである。

しかし、1990年代後半をピークに労働者の賃金や世帯年収は下がり続けており、「子どもが大学生になる頃に親の賃金が上がる」という構造は、すでに大きく崩れている。

大学生の学費の主たる担い手である保護者の経済状況は、急速に悪化している。たとえば、民間企業労働者の平均年収は、1997年度の467万円から2014年の415万円に低下している(国税庁民間給与実態統計調査」)。また、1世帯あたりの平均所得金額は、1994年の664万円をピークとして2014年には542万円にまで低下した(厚生労働省国民生活基礎調査」)。

保護者の所得減にともなって、大学生の仕送り額も減っている。1995年には月に10万円以上の仕送り額の下宿生が全体の62.4%を占めていたのが、2014年には29.3%まで低下している。

一方で仕送り額が月に5万円未満が1995年の7.3%から2014年には23.9%に上昇し、仕送り額ゼロも1995年の2.0%から2014年には8.8%まで上昇している(全国大学生活協同組合連合会「学生生活実態調査」)。

この状況下で、大学生のアルバイトはかつての「自分で自由に使う」お金を稼ぐためのものから、「それがなければ学生生活が続けられない」お金を稼ぐものへと変わった。保護者の経済状況が悪化していることは、高校生のアルバイトにも拍車をかけている。

高校生や大学生の経済状況が厳しいことを、雇う側は敏感に察知している。学生の多くはバイトをしなければ学校生活を続けられないため、かなり無理な労働条件であっても我慢して働かざるを得ない。厳しいことを要求しても簡単には辞められない経済状況を知りながら、雇用主はこれまで以上にきつい労働条件で学生を働かせている。それがブラックバイトを増加させる要因になっている。

"抜けられない状況"をつくる

第二に、正規雇用労働者の減少と非正規雇用労働者の急増による非正規雇用労働の基幹労働化である。

正規雇用労働者の数は1990年の881万人から、2014年には1963万人と2倍以上に増加した。これに対して正規雇用労働者の数は減少しており、全体の労働者数に占める非正規雇用労働者の割合は、1990年の20.2%から2014年には37.4%へと2倍近く上昇した(総務局統計局「労働力調査」)。

正規雇用労働者数の急増と正規雇用労働者の減少は、職場における非正規雇用労働者の位置を変えた。非正規雇用は従来、正規雇用の補助労働の役割を果たしていた。しかし、非正規雇用の急増と正規雇用の減少は、これまで正規雇用が行っていた責任の重い基幹労働を、非正規雇用が担わざるを得ない状況を生み出している。

正規雇用の活用によって人件費を削減したい企業が、親の貧困化によって働くことを余儀なくされている学生アルバイトに目をつけた。塾、コンビニエンスストアファミリーレストラン、飲食店、居酒屋などのサービス産業が、学生アルバイトに、職場の基幹労働を担わせる雇用戦略を採用したのである。

従来の学生アルバイトの多くが、職場を休んだり、辞めたりすることが容易で、シフトの調整などでも学校生活との両立が比較的簡単であったのは、その多くが職場の補助労働を担っていたからであった。しかし、責任の重い基幹労働を担うようになってからは、休めず、辞められず、学生生活との両立はとても困難となった。

特にここで強くなっているのは、「職場への組み込み」である。様々な手法を使って高校生と大学生の「職場への組み込み」が強化されている。

職場の人間関係のあり方は、学校の部活動をモデルにしているところも多い。先輩後輩や同級生同士の関係などである。高校生と大学生の多くは部活動の経験があるから、それと類似する人間関係を職場で構築することによって、帰属意識を持たせ、容易には抜けられない状況をつくり出している。

売り上げのノルマをアルバイトに課したり、店の売り上げ目標へ向けて働かせたりするのは、利益追求主義であると同時に、学生アルバイトを職場により強く組み込む手段となっている。

会社の利益と自分の喜びを同一化させ、「やりがい」意識を持たせることによって、より職場へのコミットメントが強められる。これによって高校生や大学生はブラックバイトを自然なものとして受け入れていってしまう。

労働法の知識があれば……

では、ブラックバイトを無くしていくにはどうしたらよいか。

まず、ブラックバイトを解決すべき社会問題であるという認識を広げることである。授業のコマ以外は給料が支払われない「コマ給」が問題となった塾業界に対して、厚生労働省は2015年に適正に賃金を支払うよう要請を行った。

このことにより、コマ給システムの変更や未払い賃金の解消など、事態の改善が進んでいる。ブラックバイトが社会問題であるという認識を広げ、労働組合や政府が解決に向けて積極的に動き出すことが必要である。

次に、高校や大学における労働法教育を普及させることである。ブラックバイトは労働法違反を含んでいることが多い。しかし、高校生や大学生の多くは労働法の知識がないために、自らが不当な処遇を受けているということ自体に気がつかないことも多い。

この状況を改善するためには、高校生や大学生が最低限の労働法の知識を身につけることが大切である。

全国で初めてブラックバイト専門の被害対策弁護団として結成された「ブラックバイト対策弁護団あいち」は、ブラックバイトの労働相談に応じるだけでなく、高校や大学からの依頼を受けて、労働法の解説を含むブラックバイトの出前講義を行っている。

こうした試みが全国で行われることが重要であるし、将来的には高校における労働法教育の必修化や大学における科目の設置など、正式なカリキュラムのなかに位置づけられることが望ましい。

社会全体にとっても巨大なマイナス

最後に、給付型奨学金制度の導入をはじめとする奨学金制度の改善と、大学・短大・専門学校の授業料引き下げである。

ブラックバイトの広がる背景には、親の貧困化による学生の経済状況の悪化がある。貸与型で有利子中心となっている現在の日本学生支援機構奨学金は、学生のアルバイトを抑制する機能を果たしていない。

大学・短大・専門学校の授業料の高さは、親の所得が低下するなか、学生が多くのアルバイトをしなくてはならない要因の一つとなっている。

給付型奨学金制度の導入など奨学金制度全体を改善し、教育への公的予算増額による大学・短大・専門学校の授業料引き下げを行うことが、ブラックバイトを無くすことに役立つだろう。

学生の貧困化と非正規雇用労働の基幹労働化によって、ブラックバイトは生み出された。

ブラックバイトは、アルバイトと学生生活との両立を困難にする。高校生や大学生が十分に学べないことは、学生本人の学ぶ権利を奪っていると同時に、将来の労働力の質を低下させている点で、社会全体にとっても巨大なマイナスである。

現在、ブラックバイトで困っている学生の皆さんは、泣き寝入りするのではなく、すでに紹介した「ブラックバイト対策弁護団あいち」、または「ブラックバイトユニオン」などの、相談機関や労働組合にぜひ相談をしてほしい。自分一人では思いつかなかった解決策が見えてくるだろう。

ブラックバイトは、今後の日本を左右する重大な社会問題である。

大内裕和(おおうち・ひろかず)

1967年、神奈川県生まれ。中京大学国際教養学部教授、奨学金問題対策全国会議共同代表。専門は教育学、教育社会学。著書に『ブラックバイトに騙されるな!』(集英社クリエイティブ)、共著に『「全身〇活」時代』(青土社)、『ブラックバイト』(堀之内出版)、『日本の奨学金はこれでいいのか!―奨学金という名の貧困ビジネス』(あけび書房)など。

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49447