いくら済州に来たからと言って、毎回毎回そうそう黒豚だ刺身だと贅沢をぬかす訳にはいきません。
かと言って、済州島まで来て安易にキムパブ天国に頼るのもさすがにちょっと。
ということで今回、済州での庶民派ご飯として、ククスを覚えました。
観光名所でもある三姓穴の前の通りの向かい側に、ククスのお店が何件も並んでいます。
基本、メニューはどこもそんなに変わらない、というのが韓国のこの手のモクチャコルモクの常です。タクシーの運転手さん談としては、「味はどこもそんなに変わらんよ」。でも人気にはけっこう差があって、行列ができているお店と閑散としたお店とが割とはっきり見える形であります。
誰もが知っている有名店は「姉妹ククス」というところのようです。運転手さんも言ってましたし、実際そこだけ外に行列ができていました。
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そんな中で、最後の夜に食べたのはこのコギククス。あっさりと透明なスープのミョルチククスに対して、釜山のテジクッパブのような白濁したスープが特徴的です。
特にこのお店は、ククスの中に豚肉がたっぷり入っているうえに、焼肉と水餃子が一人当たり一皿つくという大盤振る舞いが有名だそうで、最近韓国旅行で感じることがめっきり少なくなった「お得感」を感じることができます。どれもぜんぶ美味しくいただきました。
韓国の豚骨ラーメン?…済州道のコギククス(1)
2009年09月25日15時15分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]済州(チェジュ)自然史博物館付近へ行くと、コギククス(肉そば)を売る食堂が10余店ほど集まったククス(麺)通りがある。 豚肉が入った麺だ。済州道ではコギ(肉)といえば牛肉ではなく豚肉を意味する。
ククスと豚肉。 あまり合わないように思われるが、最近、日本の豚骨ラーメンや釜山(プサン)の豚クッパが広く知られる中、それほど珍しくはない。
済州道の人たちはなぜ豚肉のスープにククスを入れて食べたのだろうか。 正確な記録は残っていない。
「済州道ではもともと豚を使った料理が多かった。 大きな行事がある度に豚を大きな釜で煮込んだが、肉を食べると知るだけ残る。 そこにホンダワラを入れて食べた。 そして韓国戦争(1950-1953)後、小麦粉が入ってきてククスにして入れたのではないかと思う」
済州市外バスターミナルの近隣で20年前から「チョミョン食堂」というコギククス店を経営しているチョ・ヨンジャさん(69)はこのように説明した。
ククス通りで3代続けてコギククス店を経営している「3代ククス会館」のキム・キョンジャさん(40)はチョさんとは違う話をした。 キムさんは済州道の‘チョベギ’という食べ物に由来すると主張した。 この食べ物は豚汁に蕎麦粉や小麦粉をこねて入れたスジェビ(すいとん)だ。 スジェビの代わりに麺を入れたのがコギククスになったということだ。
済州道郷土料理を研究しているオ・ヨンジュ済州漢拏大(51)ホテル調理学科教授は「カルクッ」(カルサクドゥギ=うどんのような麺料理)が元祖だと説明した。 カルクッは蕎麦粉をこねて切り、豚汁に入れて食べる料理で、麺と団子の中間ほどの料理だった。 スープのようにスプーンで食べたが、1970年代初めに乾麺が大衆化し、蕎麦粉の代わりに麺を入れたのが広く普及したようだ、と話した。
韓国の豚骨ラーメン?…済州道のコギククス(2)
2009年09月25日15時16分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]コギククスはいまや済州道の名物の一つとして定着している。 もともとククスは祭りの時に食べるが、済州道では人が亡くなった時にコギククスを食べる。 また済州道の人たちは酒を飲んだ後にもコギククスを食べる。 このためにククス通りは深夜0時が過ぎてからさらに客が増える。 酒を飲んだ夜の最後にコギククス1杯と焼酎1杯を楽しむというのがここでのコースだ。
「豚骨を煮込んだスープは酒を飲んだ後によく、肉はつまみによく、ククスは腹を満たすのによい」というのがキム・キョンジャさんの説明だ。 営業時間が午前6時までというのはまさにこうした理由からだ。
作り方は簡単だ。 ただ、豚の独特のにおいを除くのがポイントだ。 豚骨を大きな釜に入れて24時間煮込み、オギョプサル(5枚肉)を蒸して切る。 注文が入れば麺をゆがいた後、熱いスープを入れてオギョプサルをのせれば出来上がりだ。 豚のにおいはショウガとトウガラシ粉で作ったたれを入れると消える。 食べてみてもあっさりとした味だ。 キム・キョンジャさんは「もともとは豚の足を使用していたが、客の舌が肥えてオギョプサルを使うようになった」と話した。
実際、20年前までコギククスは済州道から消えつつある食べ物だった。 道内でコギククスを出す店は10カ所もなかったという。 しかし10余年前ごろからインターネットでうわさが広まり、済州道のあちこちにコギククス店が生まれた。 キム・キョンジャさんは「観光ピーク時には客が列を作るが、ほとんどが本土から来た人たち。インターネットのおかげで失われつつあった郷土料理が復活した」と語った。