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【昌原の風景】「午東洞文化広場」と「人権・自主・平和 誓いの碑」

日常の事々

昌原と言いますが、馬山と言っておかないとややこしいですね。旧馬山市域です。

なので、馬山市外バスターミナルからスタートします。

最寄りのバス停から市内バスに乗りますが、目的地までは何本かの路線が通っています。私が乗ったのはそのうち100番のバスです。

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遠くから目指す場所を探すための目印とするには、馬山東光長老教会がいいかもしれません。巨大な十字架が目立っています。バスターミナル方面からこれが見えてくれば、それを過ぎてもうちょっと進んでください。

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すると、右手に倉洞芸術村への入り口が見えてきます。

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反対側にも盛り場のような通りが伸びています。ただ、そっちに曲がってしまうと今回のオチが見えてしまいます。ここは我慢して、もうちょっと車通りを進みましょう。

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すると、左手に開けた空間が見えてきます。それが、「午東洞文化広場」です。

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この場所の元の姿を知らないので、それとの比較は何とも言えませんが、けっこうな面積がスパーンとクリアされ、フラットに広がっています。

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ちなみに地下はまるごと駐車場となっていて、トイレも併設されています。このへんは土地の有効利用が図られています。

先ほどちょっと覗いた「午東洞文化の道」、そして道を挟んだ向かい側の「倉洞芸術村」を含めたこの一帯の「文化活動」の中心、拠点として機能することが期待されているのでしょう。

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ところで、この「文化広場」には、ちょっとはみ出した部分があります。先ほどの地図の[9]のところです。

この方向ですね。

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そこは、こうなっています。「午東洞文化の道」に面した小広場です。

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反対側から見ると、こうです。

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これが、「人権・自主・平和 誓いの碑」と呼ばれているものです。見ればわかると思いますけど、これはつまり、馬山の慰安婦少女像に他なりません。

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この少女像については、建立地の近辺で反対論がある旨、一年半ほど前に報道があったのですが、結論から言えば「予定通りの場所に建てられた」ということになると思われます。

光州と昌原の慰安婦少女像 - 大塚愛と死の哲学

で、その時にはもっぱら「近隣の繁華街の雰囲気と少女像が合わない」という理由を聞いていました。ですが、現地を見てみると、この場所がはらむ問題はそれだけではない、ということがわかります。

というのは、少女像の前の「午東洞文化の道」は、歴史的に見ればただの繁華街ではないわけですよ。

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少女像からすぐのところの路上です。マンホールのように見えますけど、マンホールではありません。

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ソンジュンギが笑っている飲み屋が1960年の「3.15義挙」の「発生地」であることを示す表示が、少女像のすぐ前にあるというわけです。

少女像に付されている説明文の日本に関する部分を読むと、日本に対する告発ばかりを読み取ってしまうわけですけど、ここに像を建てるということは、3.15義挙や釜馬抗争・6月民主化抗争などと歴史(「韓国」の近現代史)の文脈を結ぶということを意味しています。

「日本への告発」であるなら、強いて日本人が来るわけでもないこの場所を選ぶ意味がありませんからね。自由貿易地域に向けて建てた方がまだしも効果的でしょう。

でも、「敢えてここに建てた」ということには、日韓関係とは別にやはりそれなりの必然性があると考えた方が自然だと思います。