愛と死

「死の哲学」なんてことをもそもそ考えていると、「死の専門家」呼ばわりされることがある。正直、あまり本意ではない。

死について考えるということは、愛について考えることでもあるわけで。

では「愛の専門家」と呼ばれたいかというと、それはそれで胡散臭そうで、イマイチしっくりとはこない。