青瓦台とメディアとの関係

この話、そもそもの発端となった記事が(青瓦台の評価はともかく、個人的感想としては)しょうもない記事だったので取り上げる気にもならなかったのですが、こちらの解説は興味深いいい記事だと思います。

ポイントは、この一件の背景にはそもそも国内における朴槿恵政権とメディアとの間の関係があるということ、そしてそうした関係性の変化が廬武鉉政権期から始まっている、という点です。日韓関係という観点、また進歩/保守の対立という観点からのみ見ていては見落とされる部分がある、という指摘は、重要なものでしょう。

クローズアップ2014:韓国、産経支局長聴取 異例の外国記者捜査 「やり過ぎ」批判も
毎日新聞 2014年08月20日 東京朝刊


ソウル中央地検に出頭する産経新聞の加藤達也ソウル支局長(右から2人目)を撮影する日韓両国の報道関係者=18日、澤田克己撮影

 韓国の朴槿恵(パククネ)大統領に関するコラムを巡り、産経新聞の加藤達也ソウル支局長が名誉毀損(きそん)の疑いで告発され、検察に事情聴取されたことが波紋を広げている。朴政権は、国内メディアには次々と訴訟を起こす力ずくの対応を取っているが、海外メディアの記者を捜査対象にするのは異例だ。青瓦台(大統領府)の強硬姿勢に対しては、韓国国内からも批判的な見方が出ている。【ソウル澤田克己】

 コラムは今月3日、電子版だけに掲載された。4月の客船セウォル号沈没事故当日、朴大統領が報告を受けてから対策本部に姿を見せるまでに「空白の7時間」があったと指摘し、いろいろなウワサが出ていることを韓国紙・朝鮮日報のコラムを引用して伝えた。

 産経新聞はさらに、朝鮮日報には「ウワサが朴大統領をめぐる男女関係に関することだと、はっきりと書かれてはいない」としつつ、「証券街の関係筋」の話として、ウワサの中身を「朴大統領と男性の関係に関するものだ」と書いた。

 青瓦台関係者は「朝鮮日報はギリギリの線を守ったが、産経新聞は『チラシ』の中身をそのまま書いた。明らかに行き過ぎだ」と不快感を隠さない。日本語がそのまま俗語となっている「チラシ」とは、証券街を中心に流れる真偽不明のウワサが書かれた情報紙だ。韓国紙記者によると、青瓦台の外での男性との密会説が書かれた「チラシ」もあったという。青瓦台はその後、朴大統領がずっと青瓦台にいたことを明らかにした。

 青瓦台の尹斗鉉(ユンドゥヒョン)広報首席秘書官は7日、産経新聞のコラムを問題視して「民事・刑事上の責任を最後まで追及する」と強調した。

 青瓦台は実際の告訴などには踏み切っていないが、保守系の市民団体が朴大統領に対する名誉毀損の疑いで告発。これを受理したソウル中央地検が18日、加藤支局長を呼んで事情を聴いた。地検は「あと1回ぐらいは事情聴取が必要ではないか」と話している。

 韓国の法律では、第三者も名誉毀損の告発を行うことができる。名誉毀損訴訟に詳しい弁護士は「一般的に告発を受けての名誉毀損の捜査はよくあるが、大統領に対する名誉毀損という内容と、告発されたのが海外メディアの記者というのは異例だ」と話す。

 政権に批判的な韓国メディアの中には、市民団体の告発を受けた検察の捜査があまりに迅速に進んでいると指摘し、政権の意向が働いていることを示唆する報道も出ている。

 今回の告発や捜査は形としては法にのっとっている。だが、青瓦台の介入には批判的な見解が少なくない。メディアを研究対象とする韓国言論学会の会長を務めた大学教授は「質の低い記事を批判することはできるが、青瓦台が法的措置を振りかざすのはやり過ぎだ」と話す。

 青瓦台関係者も、批判を意識してか、法的措置を取るのかという質問には正面から答えなくなっている。

 康元澤(カンウォンテク)ソウル大教授(韓国政治)は「産経新聞のコラムは、青瓦台として受け入れがたいものだろうが、言論の自由は尊重される必要がある。外交問題にならないよう慎重な処理をすべきだろう」と話している。

 ◇国内メディアに訴訟乱発

 朴政権は、国内メディアには名誉毀損による損害賠償請求訴訟を相次いで起こしている。沈没事故の報道では、政権に批判的なハンギョレ新聞やキリスト教放送(CBS)などを相手に4件の訴訟を起こした。

 政権ナンバー2と言える金淇春(キムギチュン)青瓦台秘書室長はさらに、事故と関連する問題で、元釜山高検検事長と元検事長の発言を報じた東亜日報記者ら計3人を名誉毀損の疑いで告訴した。

 韓国のメディアは、こうした訴訟を大きく報じない傾向にあるが、中央日報は6月、「『黙っていろ』という青瓦台の訴訟」という論説委員のコラムを掲載。韓国の判例でも「国家または国家機関は原則的に名誉毀損の被害者になれない」となっているのに、青瓦台の対応は言論の自由を重視しようとする判例の流れに逆行すると批判し、判事出身の弁護士の分析として「批判報道に対する警告ではないか」と指摘した。

 攻撃的な記事で物議を醸すことが多い左派系の週刊誌「時事イン」の朱真吁(チュジンウ)記者は、「青瓦台に対する批判は容認できないという、旧時代の考えから抜け出せずにいる」と朴政権を批判する。

 名誉毀損に詳しい弁護士によると、青瓦台がメディアに対する法的措置を乱発するようになったのは、盧武鉉ノムヒョン)政権(2003〜08年)以降のことだ。それまでは、主に非公式な働きかけでメディアへの影響力を行使してきたという。この弁護士は「青瓦台が法的措置について公言するだけで、メディアへの圧迫になる。盧政権がこのカードを使い始め、その後の政権も踏襲しているようだ」と話した。

http://mainichi.jp/shimen/news/20140820ddm003030168000c.html

ちなみに、記事中にある中央日報のコラムとは、これのことですね。

【時視各角】報道機関の口封じにも見える青瓦台の訴訟戦(1)
2014年06月18日16時24分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

「法律に基づいてしよう」という言葉に文句をつけるのは容易でない。法治主義社会で法で是非を問うことほど明快に見えるものはない。しかし2、3年間の訴訟するには時間・お金・努力が注ぎ込まれなければならず、心は傷だらけになる。力の差が明らかな状況では法廷も傾いた運動場である場合が多い。政府や公職者の訴訟に異なる基準が必要なのはそのためだ。

国連最高裁は1960年代に入ると、公務員の公務実行に関する報道に対し「現実的悪意(actual malice)」基準を確立した。偽りであることを知りながら報道したり、事実確認過程を無分別に省いた場合にのみ、名誉毀損の責任を負わせることだ。やはり米国は違うと羨む必要はない。韓国の裁判所の判例はいくつかの文章に要約される。

「国家機関の業務処理が正当に行われているかどうかは、常に国民の監視と批判の対象にならなければならない」「政府または国家機関は原則的に名誉毀損の被害者にならない」「報道内容が、公職者に対して悪意的であったり、甚だ軽率な攻撃として顕著に相当性を失ったものでない限り、容易に制限されてはならない」。

問題はこうした判例の流れに逆行する動きが表れているという事実だ。旅客船セウォル号沈没後に青瓦台(チョンワデ、大統領府)秘書室が出した名誉毀損訴訟は4件にのぼる。「青瓦台秘書陣と朴志晩(パク・ジマン)氏(朴大統領の弟)が葛藤を起こしている」「朴槿恵(パク・クネ)大統領の珍島現場訪問の時、生存した子どもを連れてきて場面を演出したのではないか」「朴大統領が安山合同焼香所で慰めた高齢女性は青瓦台側が渉外した人物だ」…。金淇春(キム・ギチュン)秘書室長は自分に対して「91年五大洋事件再捜査妨害」疑惑を提起した沈在淪(シム・ジェリュン)元釜山高等検察庁検事長とその発言を報道した日刊紙の記者を検察に告訴した。

金秘書室長と青瓦台の法律家が判例を検討しなかったはずはない。なら、なぜ訴訟戦をしているのか。元判事のある弁護士の分析はこうだ。「批判性の報道に対して警告メッセージを送っているのではないだろうか。いわゆる委縮効果(chilling effect)だ。報道機関も訴訟が入るのは嫌うだろうし…」。

http://japanese.joins.com/article/678/186678.html

【時視各角】報道機関の口封じにも見える青瓦台の訴訟戦(2)
2014年06月18日16時26分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

報道内容の真偽ははっきりとさせるべきだ。「“ショック状態”だった子どもがなぜ朴大統領の現場訪問に?」と題した記事を見ると、ネットユーザーの疑惑提起と「子どもがかなり安定した」という親戚のコメントが並んで提示されている。見方によっては悪意的という印象を抱く可能性がある。ただ、損害賠償訴訟まで起こす問題かは疑問だ。事実でなければ訂正報道や反論報道請求で正せばよいことではないのか。ある法学者は国家機関の名誉毀損訴訟について、このように指摘する。

「国家の名誉とは、国家が自らその名誉を主張しながら、国家と政府を批判する国民を処罰したり、損害賠償責任を問うからといって守られるものでないはずだ…たとえ悪意的で相当性を失った批判としても、国民に対する説明と説得を通じてこれを克服し、国民の統合を実現していくのが国家の存在理由だ」(キム・テソン中央大教授、2011年の論文)。

懸念されるのは、目の前にちらつくデジャビュ(既視感)だ。2008年のBSE(牛海綿状脳症)波紋後、報道機関とネットユーザーに対する民事・刑事訴訟が続いた。結果は無罪の連続だ。韓国社会は公論の場で真実を確認して討論する機会を逃したまま、人権後退国家の汚名をかぶった。

青瓦台の訴訟戦はその何かを予告する前兆であるのかもしれない。李明博(イ・ミョンバク)政権当時、訴訟戦が展開する舞台の裏で、「VIP(大統領)忠誠」文書が回っていたし、すぐに民間人不法査察事件が起きた。過剰防御の心理は理性を驚くほどの速度でまひさせる。大型災難が起きる前には必ず兆候が表れるというハインリッヒの法則は、セウォル号だけに適用されるのではない。

朴槿恵政権は同じ失敗を繰り返さないことを願う。市民は事実と偽りを分別する能力がある。したがって国民の判断力は心配せず、ありのままを見せればよい。

クォン・ソクチョン論説委員

http://japanese.joins.com/article/679/186679.html

追加でこちらもクリップしときましょう。

クローズアップ2014:韓国、産経支局長聴取 異例の外国記者捜査 識者の話
毎日新聞 2014年08月20日 東京朝刊

 ◇背景に儒教的倫理観−−神戸大の木村幹教授(韓国政治)の話

 朴槿恵政権は、日本の週刊誌などによるゴシップ交じりの報道に神経をとがらせている。韓国を揶揄(やゆ)するような報道をしつつ、ソウルに支局を持つ産経新聞が、そのやり玉に挙げられた形だ。一方、韓国では1987年の民主化以降も、政府によるメディアへの介入が繰り返されてきた。背景には、儒教的な倫理観に基づく「正しいメディアは正しい報道」をしなければならないという韓国独特の考えがある。「正しい報道と倫理」は、「言論の自由」と同等かそれ以上の重要性があるというものだ。これは「正しい歴史認識」を主張するのと同じ文脈にある。今回の事件は、こうした考えが特に強い朴政権の特質を典型的に示している。

 ◇大統領は「国の象徴」−−青山学院大の大石泰彦教授(メディア倫理)の話

 大前提として、政治権力を持つ国のリーダーを批判する記事や評論を書いたことで、刑事責任を問われたり、捜査の対象になったりする事態はおかしい。報道の自由は保障されるべきだ。ただ、韓国の大統領は政治権力の頂点であるだけでなく、国の象徴的存在でもある。他の政治リーダーらに対するような、自由な批判や揶揄の対象とすることが必ずしも許容されない社会的コンセンサスがある。今回の記事が韓国では侮辱的に受け取られたおそれがあることに留意する必要がある。

 この記事は産経新聞の紙面でなくインターネット上のコラムで配信された。記事化の基準は本紙と一緒だったのか。ネットの配信基準が紙面より軽いという前提が仮にあるのなら、今後も同様のケースが起こりかねない。

http://mainichi.jp/shimen/news/20140820ddm003030190000c.html