東京で都立校が目指す「甲子園」の現実味

スポルティーバに載っていたこのコラム。いいですね。読ませます。

確かに、国立や東大和が活躍した時代以上に、東京の都立校が甲子園を本気で目指し、もう少しで手の届くところにいる、と感じることが多くなりました。集まる選手の素質も、野球部を取り巻く環境も、私立と都立との間には越えられない格差がある、というのが東京の常識でしたけど、それが変わりつつあるようです。

もちろん、制度や環境の変化は小さくないでしょう。でも、それだけで簡単に地殻変動が起きるとは限りません。それらを前提をしたうえで、みんなが当たり前だと思っていた「常識」が変わっていったという、意識の部分が決定的に重要なのではないかと愚考しています。

甲子園は「夢」から「目標」へ。都立高校野球部が強くなった理由
2016.07.01 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro 共同通信社●写真 photo by Kyodo News

 今週末から甲子園出場をかけた戦いが始まる東京都。そのトーナメント表を見ても、どの高校が都立なのかを判別するのは難しいだろう。学校名から「都」の文字が消えているからだ。

 かつて、東京の高校野球のトーナメント表や大会名簿などには、都立高校の学校名の頭に必ず「都」という表記が入っていた。たとえば、都立勢として初めて甲子園に出場した国立(くにたち)高校なら、「都国立」という具合。だが、近年はすべての都立高校から「都」の表記が外れている(武蔵高校など、都立・私立に同一名の高校がある場合は除く)。

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1999年の夏、都立高校として2校目となる甲子園出場を決め、喜ぶ城東ナイン

 東京都高野連に確認すると、2013年に東東京・西東京の割り振りを再編した際、「都」の表記を外すことに決めたそうだ。その理由は「他の地域では公立校でも『県』などが頭につかないため」だという。

 東京都の高校野球は、圧倒的に私学優勢の歴史が続いていた。だが、今や「都立だから弱い」「私学だから強い」という図式は成立しない。近年の日野高校のように鋭いスイングの強打線が中堅私学を圧倒するシーンを見ていると、どちらが都立高だかわからなくなる。東京都高野連の「都」を取り去る決断に他意はないとしても、過去の遺物をついに一掃したようにすら感じられた。

 なぜ、都立高は私学と遜色なく戦えるようになってきたのか。いくつかの要因から考えてみたい。

「1995年の夏に東東京のベスト4に進出して、『もうワンチャンスあれば(甲子園に)行けるな』という手応えがありました。そうしたら、1999年の夏に城東高校が甲子園に出て……。『先を越された』という思いもありましたが、以前から知っている有馬(信夫)先生が出たことで『絶対に自分も甲子園に行こう!』と思えました」

 こう語るのは、2003年の夏に都立雪谷(ゆきがや)高校を甲子園へと導いた相原健志監督(現在は私学の日体大荏原高校の監督)だ。夏の甲子園への扉をこじ開けた有馬監督は、現在も都立高(総合工科高校)の監督を務めている。そんな有馬監督に「都立勢の躍進の理由」について聞くと、こんな答えが返ってきた。

「指導者が『その気になった』ということでしょう。そもそも、我々の世代は『都立は弱くない』と思っていましたから。自分が高校生の頃は、甲子園に行った国立だけじゃなくて、西東京で2回準優勝した東大和など強いチームがあった。

 その土壌がまずあって、本気で甲子園を目指すような都立が増えてきた。『目標はベスト8』なんて言っているチームは、ベスト8にもいけません。予算もない、環境もない、普通の都立である城東が甲子園に行ったことで、『夢』が『目標』に変わったのだと思います」

 都立勢として1980年夏の国立以来、また、東東京からは初めて甲子園出場を果たした城東。有馬監督が異動して梨本浩司監督(現・文京高校監督)に交代した2001年夏にも再び甲子園に出場すると、2003年夏には雪谷が甲子園へ。つまり、この5年間は都立勢が3回も甲子園に出場したことになる。

その後は、2009年夏に雪谷が東東京で準優勝、2013年夏に日野が西東京で準優勝と甲子園まであと1勝に迫り、2014年には小山台高校21世紀枠として春のセンバツに出場した。

 都立高がレベルアップした背景として欠かせない存在なのが、「高校野球研究会」だ。30年以上前に都立高のレベルアップを目指して、当時、大島高校の監督を務めていた樋口秀司さん(故人)と、世田谷工業(現・総合工科)の監督を長らく務めた長嶺功さんらが中心となって指導者向けの交流会を立ち上げた。現在は私学や他県の指導者も参加するようになっている。途中から高校野球研究会のメンバーになった有馬監督は言う。

「講習会の後に飲み会があって、そこでいろんな人に野球のことを教わりましたよ。高校野球研究会のメンバーと合同練習をすることもあります。城東は他の運動部との兼ね合いがあって、グラウンドが使えないことが多かったんです。それでも、練習試合の相手には事欠かなかったですからね」

 この高校野球研究会によって、都立高の指導者間で強固な結びつきが生まれた。「ライバル」というよりも、切磋琢磨する「同志」という感覚に近いだろう。江戸川高校監督時代に東東京ベスト4に導くなど、都立高の名監督として知られた福嶋正信監督が、小山台の監督としてセンバツに出場した際、有馬監督は「高校野球研究会の仲間として、本気でうれしかった」という。

 そして、2004年度からは「文化・スポーツ等特別推薦」という制度ができ、都立高でもスポーツ推薦によって有望な中学生を確保できるようになった。現在は都立高の野球部49校がこの制度を活用し、総合工科はその中で最大の10名の枠を持っている。

「ウチは面接点や中学の成績などの調査書点、反復横跳びやシャトルランなど運動能力の実技点で評価しています。でも、夏の練習会で見て『いい選手だな』と思っても、『取ります』と確約はできないルールなんです。だから入試の前に私学から声が掛かって、そちらに行ってしまうというケースもありますね」(有馬監督)

 都立高の強化が進む一方で、私学にはある異変が起きていた。「中堅私学」と呼ばれるレベルの学校が、軒並み低迷するようになったのだ。キーワードは「進学校化」と「共学化」。スポーツで名前を売って生徒を呼ぶのではなく、進学実績を重視する方向にシフトする学校が増えた。近年では日体大荏原、安田学園、岩倉など、男子校としてのイメージの強い学校も共学化の道を選んでいる。単純計算で全校生徒の半分が女子になれば、野球部員の数が減るのも自然だろう。

 また、ある中堅私学の監督は、こんな本音を漏らしていた。

「学費の面で比較されてしまうと、『都立に行こう』となる親御さんが多いんですよね……」

 2010年から2014年まで行なわれた公立高校の授業料無償制という施策も、中堅私学の「脱・スポーツ化」を促した感がある(現在は家庭の所得によって負担額が変わる制度に変更された)。少子化が進むいま、私学も生き残りをかけて必死なのだ。今年の4月から日体大荏原の監督に就任したばかりの相原監督はこう語る。

「いかにして荏原の魅力を打ち出して、中学生に選択してもらえるか。ウチも生徒が集められず、厳しい時期がありましたが、今年は50人の1年生部員が入ってきて脱却しつつあります。これを継続できれば、荏原の復活も近いと考えています」

 依然、トップレベルの私学の壁は高いものの、もはや都立高が上位進出することは珍しい時代ではなくなった。だが、すでに近い将来を見越して「都立高の危機」について警鐘を鳴らす人物もいる。ほかならぬ有馬監督だ。

「あと5、6年もすれば、我々世代の監督が定年でごっそり抜けるでしょう。となると、次の世代がどうか……というと、あまり育っていない。本気で甲子園を狙っている、情熱を持った若者が見当たらないんです」

 有馬監督は「これはぜひ書いてください」と前置きした上で、若手指導者に向けて厳しい言葉を続けた。

「僕なんかは生意気な指導者でしたけど、上の人たちにガンガンぶつかって、いろんな人たちに育ててもらいました。創価の近藤省三監督には練習試合をお願いして、0対38で負けたこともあります。『チクショー!』とまたお願いしても、近藤監督は受けてくれました。他にも国士舘の永田昌弘監督とか、岩倉の磯口洋成監督とか、みんな退任されていますけど、私学の先生は心が広くて、教えてもらいに行けば何でも教えてくれました。

僕だって、来たら何でも教えますよ。でも、今の若い指導者は誰もぶつかってきません。高校野球研究会なんか来ても、飲み会には出ずにすぐ帰ってしまう。私学には聖パウロ学園の勝俣秀仁監督とか、どんどん次の世代が出てきていますよ。『かかってこいや! いつでも切磋琢磨しよう』と言いたいです。確かに仕事が煩雑で忙し過ぎることはわかります。でも、僕らも上の人たちが情熱を理解してくれ、本当に寛容に育ててもらいました。今度は僕らが若い人たちの情熱を理解して、応援する番だと思っています」

 名将・有馬信夫の魂の咆哮(ほうこう)は若い世代の指導者に届くのか。多くの先人たちによって築かれてきた「財産」が次の世代へと受け継がれるかどうかに、今後の都立勢の命運がかかっているのかもしれない。

http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/baseball/2016/07/01/post_772/

もしかしたらこれ、高校野球に限らない「東京の常識」はどこまで通用する「常識」であるのか、を問い直すためのいい機会となるかもしれません。