イギリスのEU離脱で起きるイギリス離脱の流れ

EU離脱という一つのアクションがイギリス(とEUとその他)に何をもたらしつつあるのか。こう言っては語弊があるかもしれませんが、興味深く、示唆的な話だと思いました。

イギリスとEUとが分断されるというにとどまらず、国内外にまたがって人々の間にあちこちで亀裂が走っているという状況が見えます。

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英国人科学者が祖国を脱出した理由
2019年1月14日 Texts by 八田浩輔

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英国のEU離脱決定後に英ブリストル大学からベルギーのルーベン・カトリック大学へ移籍したナイジェル・スマート教授=ルーベンで2018年12月19日、八田浩輔撮影

 英国の欧州連合EU)離脱まで3カ月をきった。2016年6月の国民投票EU離脱が僅差で決まってから、英国では企業を中心に活動拠点や人材を国外に移す動きが広がる。学術界も例外ではない。情報通信のセキュリティーに欠かせない暗号分野で第一線を走る研究者、ナイジェル・スマートさん(51)は、英国の大学から同僚と共にベルギーの大学に転籍して1年を迎える。科学者はなぜ祖国を離れなければならなかったのか。

「誰も英国に来て働きたいとは思わない」

 スマートさんは米ヒューレット・パッカード社などを経て英西部のブリストル大学で暗号研究グループを発足させ、17年在籍した。この間、国際暗号学会を代表するにふさわしい業績を上げたとして学会からフェローの称号を授与されている。ベルギーの名門ルーベン・カトリック大学に教授として転籍したのは、国民投票から1年半がたった昨年1月。直接の理由は英国の大学で人材を集めるのが難しかったことだったという。

 <「私が研究しているのは世界的に人材が足りず、採用が非常に難しい分野です。私は英国のブリストル大学にいて、ポスドク(博士研究員)や博士課程の学生を必要としていました。しかし、国民投票が行われた時から私が英国を離れるまでの18カ月間で応募はゼロ。誰も英国に来て働きたいとは思わなかった。相手にされなかったのです。(EU離脱をめぐる議論の中で)英国では専門家であろうと移民に対してとげとげしい雰囲気があり、そのことが人の採用を難しくしているように思います。(海外の人材を)歓迎しない印象を植え付けた」>

 国民投票の最大の争点は移民だった。EU離脱を決めた後の英政府は単純労働者の流入を抑え、高度な技術を持つ労働者の受け入れを拡大する方針を鮮明にしている。だがスマートさんの指摘は、専門人材も英国を避けていると示唆するものだ。

 スマートさんの場合は、ブリストル大学で率いていた研究グループごとベルギーへ移った。英国人が2人とフランス人、ルーマニア人、イタリア人の計5人。ルーベン・カトリック大の大胆な引き抜き方に驚くが、研究グループの人員は近く3倍の規模に拡大するという。

 <「拠点を移してからは採用に全く困りません。モロッコ、イタリア、トルコ、フランスから新たに採用し、ベルギーの研究者たちも加わります。それまでの18カ月には誰も雇うことができなかったのに、ベルギーへ来て1年でチームの規模は3倍になります。英国の深刻な状況を示す証拠です」

 「欲しい人材は数学とコンピューターサイエンスの非常に専門的な知識を持ち、高度な訓練を受けた人です。おそらく世界で500人程度に限られます。産業界のニーズも高く、そのような研究者は世界のどこでも職を得ることができます。また企業の待遇は、ばかばかしいほど高給です。10あるオファーから自分が最も良いと思う一つを選べるような状況で、外国人が歓迎されず、ビザを取るのにも(取れるかどうか)心配しなければならないような国の研究機関は選ばれない。ブレグジット(英国のEU離脱)が英国の求人への応募を遠ざけているのは明らかです」>

英国を脱出する科学者たち

 英国がEUと政治レベルで合意した離脱協定案は、英下院で承認される見通しがたたない。合意のない無秩序な離脱への懸念がさまざまな業界に広がる中、150大学で構成する英国大学協会は今月初め、合意のない離脱は英国の大学に「経験したことのない脅威」をもたらすと警告する文書を公表。この中で学術、文化、科学に及ぼす「後退」を回復するには「数十年」かかるとも指摘した。しかしスマートさんによれば既に大きな変化が起きているようだ。

 <「以前の研究機関は大混乱です。完全に大混乱です。私たちが在籍していた研究機関にも国を離れてノルウェーやドイツに渡った研究者がいます。科学全体の中では小さな分野に過ぎないのに、この状況です」>

 人材流出のほかに懸念される問題の一つは研究資金だ。スマートさんはEUの研究助成プログラム「ホライズン2020」や米政府などからの研究助成金を得ている。「ホライズン2020」は複数年度にまたがる世界最大級の研究助成プログラムで、暗号研究にも多くの資金が充てられているという。英国が離脱協定案に従って円滑な離脱を実現した場合、プログラムに参加する英国の研究者や企業は20年末までは従来通り参加を続けることが認められる。だが、合意なしで離脱した場合はその時点で助成資格を失う。

 <「継続的な支給が保証された公的研究助成は私たちに安心をもたらします」>

 「ホライズン2020」の利用実績を見ると、英国からの申請数と参加者数がEU加盟国の中で最も多く、助成金の受取額もドイツに次いで高い。英国は「ホライズン2020」の後継となる21年以降のEUの研究開発プログラムにも一定の拠出を続けて協力関係の維持を望むが、具体的な話し合いはこれからだ。

「もう祖国に親しみを感じられない」

 <「合意なしの離脱は、あり得るでしょう。食料や医薬品の不足が起きたらいいと思います。経済もがたがたになったらいい。それが教訓になるでしょう」「ベルギーの大学に来た一つ目の理由が採用、二つ目が研究資金だとすれば、三つ目は英国が祖国と感じられなくなったことでしょうか。国籍がなくなった気分です」>

 スマートさんは「緊急対応計画」は考えていないと説明するが、EU離脱の決定を受けて英国人の間ではEU加盟国のパスポート(査証)の取得を望む人が急増している。離脱後もEU加盟国の市民権があれば、域内で自由に居住して働く権利を享受することができるためだ。例えばアイルランドでは18年だけで18万人以上の英国人からパスポートの申請があった。国民投票前と比べて2倍近い水準だ。アイルランドの場合、祖父母にアイルランド人がいる英国人はパスポートが申請できる。

 <「国民投票がなかったら? おそらく英国にとどまっていたと思います。でも、もう戻りません。国民の半分が人種差別的な国に親しみを感じるのは難しい」「離脱を望む人たちは過去への郷愁があるか、人種差別主義者か、バカか――。三つのうちのどれかです。軽蔑します。まったく共感できません」>

 わかりあえない同胞に向けて攻撃性を帯びる言葉。EU離脱を決めた国民投票がもたらした英国の分断は、かくも深い。【八田浩輔】

https://mainichi.jp/articles/20190111/mog/00m/030/011000c