なるほど。必修化することによって、海外留学を「したいこと」から「やらされること」へと転換することを目指すわけですね。千葉大からの留学生、来る前からモチベーション低くなってそう…。
要するに、本来はボランタリーなものであるはずのものが強制的な勤労動員化している昨今のボランティアみたいなものがモデルなんでしょうか。潤沢に余っているはずもない労力と金をかけて、まあご苦労さまなことです。
こんなアドバイスも、役に立たなくなってしまいますね。
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千葉大、海外留学を必修化 2020年度から全入学者に
寺崎省子 2019年1月25日06時20分国立千葉大学は24日、2020年度以降の学部・大学院の全入学者を対象に、原則として1回の海外留学を必修化すると発表した。千葉大によると、学部生は計約1万人、大学院生は計約3500人。文系・理系をとわず「全員留学」を義務付けるのは、全国の大学でも極めて先進的な取り組みだとしている。
千葉大は、発信力や自己表現力・コミュニケーション力を備え、世界で活躍する「グローバル人材」の育成を進めたいとしている。そのために、16年度に設けた国際教養学部で必修化した「全員留学」を全学に広げることにしたという。
学部生の留学期間は、最長2カ月程度。同大は現在も海外留学用のプログラムを備えているが、「全員留学」に合わせ、語学や異文化学習から専門研究まで新たなプログラムを拡充する。大学院生は、研究内容を中心に自分でプログラムや期間を考えるようにする。留学を支援するため、担当教職員を設けるほか、外国人教員を新たに配置し、英語による専門科目も開設する。
提携校に千葉大のプログラムで留学する場合は、大学が授業料などを負担する。財源を確保するため、大学側は経費節減を進めて収支状況を見直した上で、20年度からの新入生の授業料の見直しも検討するという。授業料が一定程度値上げとなる可能性もある。
記者会見した徳久剛史学長は「グローバルな人材育成には、実際に海外での経験が必要。異文化を学んで、本人の将来を決めるスタートにしたい」と話した。(寺崎省子)
必修化なんてするまでもなく、千葉自体が独立して海外化してしまう方が手っ取り早い気もします*1。
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追記:この件については、このコラムが大事なことを指摘してますね。「学位取ってこい」とまでは言わないにしても*2、留学先での単位取得を目的としない留学は、厳密な意味では「留学」と言い難いんです。
千葉大の場合、どうも先方で取得した単位の認定作業を前提としてない雰囲気が感じられるんですよ。とにかく「全員留学」にすることが優先されているというかなんというか…。義務的に行かされてやる気のない層も含まれるであろう学部生全員が、留学先で講義を受けて単位を取得できるとも思えませんしね*3。
とすると、「海外実習」とか何とかの科目名で、千葉大の単位にする制度を作るか?もしくは何らかの「プログラム」(こっちはもともとあるようです)にしてサーティフィケイトでも出すか?いずれにせよ、通常の(募集→応募で参加者が決まる)留学プログラムではありえない数(と質)の学生を対象にするわけで、ここで言われている通り、事務方や実務担当者の負担はかなり増えそうですね。ちゃんと必要なマンパワー確保しないと、これはエラいことになりますよ。
プリンストン発 日本/アメリカ 新時代 冷泉彰彦
上限2カ月? 取得単位ゼロ? 日本型留学は周回遅れ
2019年01月29日(火)19時00分<文科省や国立大学による単位取得を目的としない留学制度は、学生にいったい何をやって来いと言うのか?>
国立の千葉大学は2020年度以降の学部・大学院の全入学者を対象に、原則として在学中に1回の海外留学を必修化すると発表したそうです。「全員留学」を義務付けるのは、全国の大学でも極めて先進的な取り組みだというのですが、発表内容を見て私は驚きました。
学部生の場合、留学期間は、最長2カ月程度というのです。これではセメスター制の大学では半期にも満たないし、クォーター制でもギリギリです。要するに単位を取って来なくてもいいということです。
同じような話はもっと大規模なプロジェクトでも見られます。文部科学省が鳴り物入りで進めている「トビタテ留学ジャパン」というもので、これは財界から広範な寄付を募ってやっており、総額で数百億単位の官民のカネが使われています。ここでも「単位の取得は必要ない」という条件になっているのです。
大学生の本分は勉学であり、その証明は単位取得であり、その評価は取得単位における成績です。その単位は、基本的には世界で相互乗り入れが可能であり、また一生有効というのが国際ルールです。ですから、世界における交換留学制度というのは、学生が行き来するだけでなく、留学先で取ってきた単位を出身大学に戻った際に単位認定する「単位交換制度」とセットになっているのです。
ですが、単位を取ってこなくていい留学というのでは、一体何をやって来いというのでしょうか?
例えば先行している全国版の「トビタテ」の場合は、さすがに語学研修というのは対象外としているものの、実社会との接点があればいいということで、フィールドワークやボランティア活動などが推奨されています。
例えば、私の住むニュージャージー州にも「トビタテ」の学生さんが(それも相当に入試の難しい大学からでしたが)近郊農家に住み込みで研修に来ていました。その研修は、それ以上でも以下でもなく、経験としては楽しかったかもしれませんし、もしかしたら研究者や技術者となる上での貴重な気付きを得たかもしれません。
ですが、同じ労力とコストを使うのであれば、近所のプリンストン大学とか、ラトガース大学、カレッジ・オブ・ニュージャージーなどに1学期間留学して、農業経済にしても、遺伝子工学にしてもディスカッション形式の授業なり、少人数のゼミに参加、徹底的に討論と読書とを繰り返す密度の濃い時間を過ごし、しかも、単位認定と成績のかかった試験や論文という「締め」を経験するのであれば、その成果は学生自身の中に残っていくと思います。
また単位を確保し、良い成績を取るには「授業で分からなかった箇所」は解消しなくてはなりません。ですから、学生は教員の「オフィスアワー」に研究室を訪問して、何とか授業内容についていこうとします。そうした真剣なコミュニケーションも学習経験としては大切です。
こうした議論をすると、それでも海外に「行かないよりはずっといい」という声が返ってきます。ですが、やはり「どうせ行くなら単位を取って来るべき」だと思うのです。特に海外の良い大学になればなるほど、単位取得と成績判定に必要な要件は、シラバスで厳格に決まっています。また人気教授の講義になればなるほど、コースの完結性が強く、交換留学で1セメスターだけ参加の学生にも満足度の高い設計を心がけているという傾向があります。
それにしても、まだ幼い小学生を塾に通わせて、代数学という武器も与えずに難問奇問攻めにするというぐらい、教育には厳しい日本ですが、その同じ国がどうして大学生の留学になると「単位は取ってこなくても良い」という「大甘」になるのでしょうか?
その背景には、各大学の事務部門の事情があるようです。単位の認定をするには、他国の大学が発行している単位が、自分の大学における単位と同じだけの価値があるかどうかを評価して判断するという作業が必要になります。そこが良い加減だと、ほとんど内容のない単位を認定してしまうことになるからです。
世界各国語で作られたシラバスを分析し、成績証明の内容を確認しという作業は、確かに煩雑です。体制が十分でなければ、「全員留学」などということになって、世界中の大学の単位が押し寄せてきては作業がオーバーフローしてしまいます。
ですが、ここは日本の教育を国際化する上での、大切な「キモ」の部分になります。公正な単位認定ができる体制を各大学に(どこか専門機関を設けて集中化しても良いかもしれません)設けて、とにかく「留学したら単位を取って来る」という交換留学制度を「全員に」用意していっていただきたいと思います。