アルバイトを守る法律の存在を知っておくこと
一般のアルバイト労働者が労働関係法規の詳しい条文を知っておくことまで求める必要はないにしても(そこまで知っておくのは専門家の役目です)、そうした法律や規定が存在すること自体は、知っておくに越したことはありません。
法の趣旨に添わない雑な働き方をした覚えは、私自身にもあって、「あの時ああしとけばよかったなあ」と思うことがあります。その辺をいい加減にしておくことは、最終的には「社会をよりましな方向に変えること」を妨げる方向に作用するんです。
これは、当事者の損得だけの問題ではないんですよ。
セブン未払いは法律違反 バイトの疑問に弁護士が答える
聞き手・榊原謙 2019年12月20日06時30分
セブン―イレブンの残業代未払いをめぐる法律上の問題について語る佐々木亮弁護士セブン―イレブン・ジャパンで発覚した大規模な残業代の未払いについて、会社側は残業代を計算する数式を誤る「ミス」だったと釈明しています。しかし、支払うべき賃金を支払わないのはれっきとした労働基準法違反のはずです。朝日新聞社にはセブンでアルバイトしている人や、かつて働いていた人から多くの疑問が寄せられています。労働問題に詳しい佐々木亮弁護士に問題を整理してもらうとともに、疑問に答えてもらいました。
残業代の計算ミス、実務的にはありえない
――セブンの店舗で働くアルバイトらを雇うのは加盟店で、人件費も店が負担しますが、給与の計算や支払いは本部が代行していました。セブンによると、仕事に熱心なアルバイトらには「精勤手当」「職責手当」が時給に加算されますが、残業代の計算をする際に、この手当に1.25の割増率をかけるべきところ、誤って0.25をかけていたとのことでした。
「残業代にこうした手当を含めるのを忘れて計算してしまうという例はよくあります。しかし、割増率を誤るという今回のようなケースは初めて聞きました。『こんな間違いをするかなぁ?』というのが率直な感想です」
――どういうことですか。
「残業代を計算するときは、基本給と、各種手当を所定労働時間で割ったものを合算して時間単価を出し、それに1.25の割増率と残業時間をかけて算出します。でもセブンの場合は、基本給と手当を分けて計算していたようです。しかも、手当には0.25という誤った割増率をかけていた。なぜこんな二度手間に見える計算式を使っていたのか。実務的にはありえないですね」
割増率「1.25」は常識中の常識だ
――この「1.25」というのはそもそもどういう数字なのでしょうか。
「労働基準法は、1日8時間、週40時間を法定労働時間としていて、これを超えて労働者を働かせてはならないと定めています。ただ、どうしても残業をさせなければならないときは、労使の合意を条件にしたうえで、原則25%の割増賃金を支払うよう使用者に義務づけています。時給1千円の人には1.25をかけて1250円を支払うわけです。こうした経済的な負担を使用者に負わせることで、長時間労働を抑止しようとしているのです。法定の残業代を支払っていなければ、理由のいかんによらず違法です」
――給与計算をする部署では「1.25」という数字はだれでも知っている数字でしょうね。
「常識中の常識です。セブンのこの計算式をつくった人は勘違いしてしまったのか……。なぜこんなことが起き、長年にわたって放置されていたのか、不思議でなりません」
給与支払いの本部代行、法の趣旨に沿わない
――雇用主のオーナーに代わって本部が給与を計算し、各アルバイトの銀行口座に振り込んでいた、という構図にも驚きました。
「いわゆる賃金の代行払いと呼ばれるものです。あまり望ましいものではないんですよ。労基法は賃金の支払い方に関して五つの原則を定めています。そのうちの一つが『直接払いの原則』で、賃金を使用者が労働者に直接支払うことを求めています。この原則は一義的には中間搾取を防ぐために労働者の代理人らへの支払いを禁じたもので、代行払いがただちに違法になるわけではありません。ただ、コンビニ最大手がこんなに大々的に代行払いをやっているというのは、法の趣旨を考えるとやはり変です。日本にはフランチャイズ契約を規制する法律がないため、こんなことがまかり通るのでしょう」
未払い賃金以外に請求できるお金もある
――未払い賃金があった場合、労働者はどうしたらいいのですか。
「使用者に未払い分と遅延損害金を請求できます。すでに退職していても請求できます。ただし、労基法はさかのぼって請求できるのを2年までとする消滅時効を定めています。使用者がこの規定を援用すると2年以上前の未払い賃金請求はできないので注意が必要です」
――セブンは今回、給与明細などで確認がとれれば時期に関係なく支払いに応じるそうです。
「労基法上の消滅時効を援用しないということですね。2年の時効を主張すれば大きな批判にさらされると考えたのかもしれません。個人的には2年という時効は短いと考えています。民法の改正で来年4月からは契約に関する時効は原則5年で統一されます。労働者を守る労基法上の時効も5年にそろえるべきだと思いますが、このテーマを議論している厚生労働省の労働政策審議会ではまだ結論が出ていません」
勤務時間前の掃除は「前倒しのサービス残業」
――セブンのニュースへの読者の反響は大きく、加盟店で勤務経験のある人や、現役で働いている人たちから多くの投稿が届きました。ある投稿者は「勤務時間の30分~1時間前には来て、掃除やレジ点検を済ませておかないといけない」と書いています。
「前倒しのサービス残業ですね。時間外などの割増賃金を定めた労基法37条違反です」
――「高校生が働ける時間を過ぎる前にタイムカードを押させたうえで、その後も働かされる」という投稿もありました。
「絶対にダメです。深夜業を定めた労基法61条は、18歳未満を午後10時以降に働かせることを禁止しています。サービス残業もあるのでこのオーナーはダブルで違反ですね」
バックヤードでの待機は働いているのと同じ
――「休憩時もバックヤードで防犯カメラで店内をみて、混んできたらレジに入らないといけない」という声もありました。
「それは休憩ではありません。いわゆる『手待ち時間』です。休憩とは労働から完全に解放されている状態のことです。例えば、深夜当直をする警備員が1人しかいなくて、仮眠中でも何かあったらすぐに対応しなければならない場合、この仮眠時間は休憩ではなく労働時間にあたります」
――結果的に店がそこまで混まず、レジ応援に行かずに済んだとしたらどうですか。
「ダメです。レジ前に行列ができていないかを常に気にしているような状態では、休憩とは言えません」
書面の労働契約書をオーナーからもらおう
――「労働契約書がありません」という嘆きも届いています。
「それもダメです。労働条件の明示を定めた労基法15条違反です。賃金額、期間、所定労働時間などは明示しなければなりません。口約束だと言った言わないになりますし、賃金が約束通り支払われているかの確認もできません。吉本興業と所属芸人の間で紙の契約書が交わされていなかった問題に似ている部分があります。使用者は労働者に対して圧倒的に立場が強く、言い分が通りやすい。労働条件などは書面にして残しておくことが大切です。労働契約書を渡すようオーナーに強く求めて下さい」
「急に辞めるなら賃金ゼロ」は法律違反
――「急きょアルバイトを辞めなければならなくなり、『申し訳ありません、きょうで辞めさせてください』と店長に電話したところ、『それならば今月の給料は渡せない』『給料を要求するなら業務執行妨害で訴える』と脅され、怖くなって給料をもらえなかった」という悲惨な体験談も寄せられました。
「完全にダメですね。辞め方の是非はあるかもしれませんが、だからといって働いた分の賃金がゼロになるということはありません。賃金の支払いを定めた労基法24条違反。また、最低限の給料も払っていないことにもなるので、最低賃金法違反でもあります」
――投稿者は当時18歳で、アルバイトを始めて1カ月だったそうです。そんな新人にいきなり「きょう辞めます」と言われれば、店長も頭にくるのでは。
「『常識外れだ』などとお説教の一つもしたくなる気持ちは分かります。ただ、だからといって賃金を支払わないという違法な手段で仕返しをするのは、それこそ社会常識から外れています。10代の高校生らを使って事業をする以上、こうしたリスクはのみ込むしかありません」
命じられて家で作業すれば残業代が発生
――「商品のポップを家で書いてくるのも当たり前」という声もありました。
「使用者から『これを家でやってこい』と言われて、その分の残業代が支払われていないのならば違法です。一方で、本人が好きでやっているケースもあり、その場合は微妙な問題ですね。自宅というプライベートな空間で仕事をする場合、極端な話をすれば酒を飲みながらでもできちゃいます。それが使用者の指揮命令下に置かれた労働だと、どこまで言えるかは判断が分かれるところです」
――「客からのハラスメントを我慢させられる」という悩みも寄せられています。
「使用者には、ハラスメントのない職場環境を労働者に提供する安全配慮義務があります。店員を怒鳴ったり、セクハラをしたりといった嫌がらせがあるのであれば野放しにしてはなりません。オーナーが客に言ってやめさせて、従業員の安全を確保しなければなりません」
レジの違算金、自腹で埋め合わせはダメ
――「レジを締める際にレジと現金が合わない『違算金』について、自腹で埋め合わせをさせられる」という悩みも届いています。
「絶対ダメです。人間だれしもミスはするものです。労働者を使って利益を上げる使用者は、そうした労働者のミスというリスクも当然引き受けなければなりません。これは最高裁の判例でも指摘されていることです。だいたい、違算金が出て足りない場合は自腹制で、多く出た場合はその分は労働者がもらえるかといえば、たいてい会社が持っていく。おかしいでしょう」
――レジの精算がうまくいかないと、自責の念から自腹で埋め合わせようという発想になる労働者は少なからずいそうな気がします。
「従業員どうしでお金を出し合って『基金』をつくる例まであります。違算金が出たらその基金から埋め合わせのお金を出すという一種のリスクヘッジです。でも、そもそも違算金を労働者にかぶらせていることが間違っています」(聞き手・榊原謙)