昭和と平成の断絶、あるいは魔法の合言葉について

なーんて言えばいいんですねえ。

「やればできる」なんてことがみんなで信じられるのは、成長期の少年少女か、成長期の国民経済かといった、特殊な条件下の、幸せな環境でこそ可能なことだと思うんですよ。

ですから、それを済美高校が校歌の歌詞に取り入れていたり、朴正熙がそれを口にしたりするのは、別にいいんです。けれども、それを団塊世代やバブル世代が「今どきの若者は」と説教口調で使ったり、この低成長時代に朴槿恵が演説で使ったりすると、言われる側からしてみればどうにもズレているような感じがします。

おお、懐かしい。メガネッシュの力投を久々に見ました。

「なんでできないのか」と言われましても、「その原因を突き止めて、それを克服すれば、できないこともできるようになる」なーんて、もし思っているのであれば、何ともオメデタイことだと思いますよ。

「右肩上がりの無限成長」の感覚とでも言えばいいんでしょうかねえ。「原因が分かったところでどうにもならんがな」「それを克服したところでだからどうやっちゅうねん」という感覚を共有できない人たち。私にはそっちの方が幻想的な夢追い人に見えます。だから話が、通じないのかもしれません。

高校野球見てくだ巻いてる分には、それでいいんでしょうけどね。


「追い出し部屋は当然!」 “オレ様”に蝕まれる若手社員の叫び - 日経ビジネスオンライン