戦死者への5000ウォンの補償金

そらまあ、そんな決定したら、そうなるでしょうねえ。

記事入力 : 2011/10/17 10:30
朝鮮戦争:戦死者の命の価値、わずか330円?
戦死者遺族、政府補償金に「侮辱」と反発


江原道華川郡にある無名戦士をたたえる丸太づくりの碑には、古い鉄製ヘルメットがかぶせられていた。韓国戦争当時の韓国軍の犠牲を人々に思い出させる光景だ。/写真=崔淳湖(チェ・スンホ)記者

 韓国戦争(朝鮮戦争)で戦死した兄に対し、国家報勲処がわずか5000ウォン(約330円)の補償金しか支払わなかったことに対し、遺族が異議を申し立てた裁判で、国民権益委員会傘下の中央行政審判委員会は16日、遺族の主張を認め、報勲処に再検討を求める決定を下した。命の価値をわずか5000ウォンとした非情な決定は、今後論議を呼ぶものとみられる。

 慶尚南道昌原市に住むKさん(女性・63)は、1男3女の末っ子として生まれたが、父親や兄、姉に関する記憶はほとんどない。

 Kさんが2歳だった1950年に韓国戦争が起き、兄(当時18)は前線へと出征。同年、兄は北朝鮮軍との戦闘で戦死した。姉2人も戦争中の爆撃でいずれも死亡し、父は持病で他界した。母も戦争で子どもたちを失ったショックで精神を病んでしまった。Kさんの幼少期について語る父やきょうだいたちは、戦争と共に消え去ってしまった。

 過去を共有する家族を戦争で失ったKさんは、それから58年後の2008年4月に知人から兄が韓国戦争で戦死した事実を聞かされた。断片的な情報を頼りに調査した結果、兄が国立ソウル顕忠院に埋葬されたことを確認した。Kさんは同年12月、国家報勲処に戦死者補償金を申請した。

 今年4月24日、国家報勲処から通知書が届いた。封筒を開けると、そこには「故人に対する補償金が5000ウォンに決定したことをお知らせします」と書かれていた。Kさんの兄の死に対する補償金は、わずか5000ウォンだというのだ。

 報勲処は2009年からこれまで、Kさんのケースも含め、韓国戦争の戦死者3人に対し補償金5000ウォンを支給するとの決定を下していた。

 Kさんは「戦争で犠牲となった身内の命の価値が5000ウォンだなんて、侮辱されたような気持ちだった。国が戦死者をこんなふうに扱ってもよいのか」という思いから、国民権益委に異議を申し立てた。

 権益委傘下の中央行政審判委は16日、「報勲処の決定は不当だ」として、再検討を命じる決定を下した。

 Kさんが補償金の申請を行った際、報勲処は「補償金の請求期間が過ぎている」として、遺族認定だけでなく、補償金の支払い申請そのものを拒否した。現行法および既に廃止された軍人死亡給与規定によると、補償金を受給するには、戦死後5年以内に請求しなければならないとのことだ。

 しかし、Kさんは「兄が戦死した事実を最近になって知ったため、規定通りに申請するのは不可能だった」として、09年に昌原地裁に提訴した。裁判所はKさんの特別な事情を考慮し、Kさんが兄の戦死について知らされるまでは、請求時効が中断していたと見なすべきだ」との判断を下した。専門家は、韓国戦争の戦死者遺族の多くが、請求期間が過ぎたという説明を聞き、補償金の請求を断念した可能性が高いと指摘する。

 報勲処は裁判所の判決を受け、昨年6月にKさんの遺族資格を認定した。だが問題は補償金だった。Kさんのように請求時効が過ぎた遺族に対し、政府が補償金を支払わなければならないとする規定自体が存在しなかったからだ。

 この問題をめぐり、報勲処と国防部(省に相当)の責任のなすり合いが始まった。報勲処は「行政法上、補償金の支給基準は国防部が作成すべきだ」と主張した。これに対し、国防部は「軍人年金法により、補償金支給に関する全ての事柄については報勲処が責任を負う義務がある」と指摘した。権益委関係者は「両機関による責任のなすり合いが1年近く続いた末、今年4月に報勲処が下した決定が5000ウォンだった」と説明した。

 今回の決定について、報勲処は、過去の軍人死亡給与の規定によると、Kさんの兄に対する補償金は5万圜(ファン=韓国の旧貨幣単位)で、これを現在のレートに換算すると、5000ウォンになると説明した。物価上昇分を考慮せず、1953年の貨幣改革時の換算レート(10圜=1ウォン)をそのまま適用し、単純に換算したものだった。

 与党関係者は「これまで民主化運動の補償で、数億ウォン(数千万円)の補償金を支払ってきたのだから、政府は国を守るために戦い、命を失った国軍兵士にも相応の補償を行うべきだ。それが5000ウォンとは話にならない」と批判した。

 民主化運動補償審議委員会は、2000年から今年4月までに、民主化運動の死者および負傷者計752人に計400億ウォン(約27億円)の補償金を支給した。1人平均の補償額は5300万ウォン(約354万円)となる。

 別の関係者は「スパイにも数千万ウォン(数百万円)の定着資金を支給しているのに、韓国戦争の戦死者にこのようなひどい扱いをするのは恥ずかしいことだ」と話した。

 今回の決定は、2009年に日本政府が太平洋戦争当時に勤労挺身隊として連行した韓国人女性に対し、厚生年金脱退手当として、1人当たり99円を支払った例と似ている。当時、日本の社会保険庁は「現行法では当時の通貨価値で脱退手当を支払うことになっている」との理由を説明した。

 韓国政府の関係者は「これら二つの例は、物価上昇などの現実を無視し、規定を機械的に適用した点が共通している」とした上で「補償基準の作成は考慮すべき事柄が多く、困難な作業だ。報勲処と国防部による責任のなすり合いが起こったことも、報勲処の決定もそういう理由がある」と話した。

 権益委中央行政審判委は16日「韓国戦争の戦死者遺族を再び傷つけることのないよう、報勲処に対し合理的で現実的な補償基準を設けるよう勧告した」と説明した。同委の決定は政府内部で拘束力を有する。

チョ・ベッコン記者

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/10/17/2011101700798.html

ただ、この一件が人間の尊厳や社会正義の問題一般へとつながっていくのか、国民戦争の戦死者の処遇を通じた国家報勲政策というナショナリズムの問題へと囲い込まれていくのかは、微妙なところかもしれません。

記事入力 : 2011/10/18 10:33
【社説】戦死者補償金330円

 国家報勲処は今年4月、6・25戦争(朝鮮戦争)戦死者の遺族キムさんに対し「補償金として5000ウォン(約330円)を支給する」と通知した。幼いころに家族を失ったキムさんが、数年前に一番上の兄が6・25戦争で戦死したという事実を知り、補償金を申請してから3年目のことだった。「5000ウォンの戦死補償金」をめぐっては、国民権益委員会に所属する中央行政審判委が16日に「5000ウォンの補償金は不当。再検討すべき」と決定したことで一般に知られるようになった。

 国家報勲処は昨年から、国防部(省に相当)が推進している6・25戦争の無縁故戦死者1万8600人の遺族捜し事業で、家族が戦死したという事実を知った遺族に対し、5000ウォンを支給してきた。1974年に廃止された旧軍人死亡補償金規定では、補償金の額は5万ファンだった。これに、62年の貨幣改革での交換比率(10ファン=1ウォン)を適用した額を支給しているわけだ。

 現行の軍人死亡補償金規定や旧規定では、戦死後5年以内に補償金を請求しなければ支給されない。しかし、裁判所が「戦死の事実を遺族が知るまでは、請求時効は中断しているものと見なさければならない」という判決を下したことで、戦死から5年以上が経過している場合でも、補償金を支給しなければならないケースが増えている。

 ところが韓国政府内には、この場合に補償金をいくら支給すべきなのかに関する規定が全くない。国防部と報勲処が責任のなすり合いをしているため、5000ウォンの補償金というあきれるような状態が続いている。結果として、報勲処が物価上昇や現在の保障水準を無視したまま、当時の貨幣の額面を機械的に適用した補償金を策定することになった。60年前、国のために捧げられた命の値段を、ソルロンタン(牛肉のスープ)1杯の値段にもならないとみなしたわけだ。その上、朴勝椿(パク・スンチュン)報勲処長は今年6月、国会の政務委員会で議員から質問を受けた際に初めて「補償金5000ウォン」の事実を知ったという。

 韓国政府と国民は、2009年に日本政府が韓国の勤労挺身(ていしん)隊出身者に対し、厚生年金脱退手当として99円を支給するという話を聞いて憤った。日本政府は「当時の貨幣価値に準じて支給することになっている法の規定に従った」と説明した。だが今では韓国政府が、韓国の戦死者に対し、日本政府の破廉恥な計算法を適用しているわけだ。

 一方、米国の場合、9・11同時多発テロ以降、戦死者の補償金を大幅に引き上げた。政府弔慰金10万ドル(約768万円)と米軍関連団体の生命保険金40万ドル(約3073万円)を合わせ、1人当たり50万ドル(約3841万円)を支給している。オーストラリア政府も、韓国から移住したベトナム戦争参戦者に対して「自由民主主義のため共に戦った連合軍」と見なし、オーストラリア軍の参戦者と同じ月額2200オーストラリアドル(約17万2000円)を支給している。

 それにもかかわらず、韓国の国家報勲処は、わずか5000ウォンの補償金で遺族の自尊心を踏みにじり、侮辱し、国家に対する嫌悪感を抱かせている。このような国は、以前より暮らしやすい国にはなったかもしれないが、きちんとした国ではない。街で自由を叫んでいても、国の危機に直面したら、砂粒のように散ってしまうのが常だ。独立と建国を自分たちの血と涙で勝ち取っていれば、こんなことにはならなかったはずだ。国を守るために戦い犠牲になった人には相当の補償を行い、国を守る兵役義務に背いた人は顔を上げられない社会を作ってこそ初めて、国らしい国となる。

http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2011/10/18/2011101800883.html

【社説】韓国戦争戦死者の命が5000ウォンとは…
2011年10月17日14時50分
[ⓒ 中央日報/中央日報日本語版]

韓国戦争(1950−53)で戦死した軍人の死亡補償金として5000ウォン(約320円)を支給した国家報勲処に非難が集中している。国民権益委員会所属の中央行政審判委員会は、遺族が最近5000ウォンの補償金を不服として請求した行政審判に対し、国家報勲処の処理は不当だと決定したと16日、明らかにした。報勲処は1951年11月、18歳の年齢で戦死したキム氏の遺族の妹が08年に補償金を請求すると、死亡後5年の請求権時限が消滅したという理由で拒否したという。 その後、遺族が訴訟を起こして勝訴すると、1951年に制定されて1974年に廃止された法律規定に基づき、当時5万圜となっている補償金を現在のウォン単位に換算して5000ウォンを支給した。これを不服とした遺族がまた行政審判を請求し、結局、報勲処の処理が不当だという判定を受けた。

国家報勲処の処理はとうてい理解できない。もちろん国家機関が法律で定められた範囲を超えて任意に基準を決めて補償することはできない。とはいえこれは度が過ぎる。報勲処の機能とは何か。 国のために献身した本人や家族、遺族に名誉を与えることで、国のアイデンティティーを維持、強化することだ。ところが今回の事例では、報勲処はこうした機能を完全に忘却している。請求権時限が過ぎたという理由で、命を捧げた人に対して補償を拒否して裁判で敗れた。さらに敗訴を悔しがるかのように、戦死者の命の価値を5000ウォンとして支給したのだ。遺族が戦士した兄を誇りに思うようにするべきところを、むしろ屈辱感を感じさせた。

韓国哨戒艦沈没事件当時、死亡した海軍戦死遺族に国が支払った死亡補償金は平均1億ウォンほどだった。国のために命を捧げた代価としては大きいとはいえないが、これも規定通りなら不可能な金額だった。しかし当時、国民的な共感の中で規定を速かに修正して支給額を大きく増やした。今回も補償金の金額が問題ではない。報勲処なら何とかして戦死者に最大限の待遇をすることを考えなければならない。

http://japanese.joins.com/article/694/144694.html?servcode=100§code=110