あまり遠くにも行けないもので、近場で人があまりいないところをぼちぼちと。
京福北野線の御室仁和寺駅と妙心寺駅の間を抜けて、仁和寺の脇をさらに奥へ奥へと進んだ突き当たりに目的地・住吉山墓地があります。
そこまで古いお墓はあまりないと思われるのですが、整地して区画化された墓地でもないので、これは確かに、取り違えの可能性は他よりありますわ…(ここには、その一件があったので来たようなものです)。
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見た限りでは、いちばん古くてこれくらい…。
その他で目につくのは、金光教の信者さんと朝鮮半島出身者のお墓です。後者のお墓では、土葬墓だった痕跡も残っています。
詳しいことは分かりませんが、京都市のサイトにあるように、もともとは自然発生的に形成されたものであることが、その佇まいから窺えます。
京都市市営墓地
本市の市営墓地は,宗教宗派の別なく,市民に広く墳墓を提供する目的で設置されております。
歴史的には,明治6年の火葬禁止令により,京都府が墓地の区画を指定したものを,明治22年に市制が施行されたときに京都市に移管されたもので,墓地として区画,造成されたものではなく,自然発生的に利用者が開拓を行って墓地を形成してきたものです。
なお,平成27年度に京都市深草墓園の敷地内において,新たに墓地の造成を行い,平成28年度から,市営初の造成墓地となる深草墓地の供用を開始しています。
https://www.city.kyoto.lg.jp/hokenfukushi/page/0000003851.html
ところでこちらの墓地、いまさっき入ってきた仁和寺側とは別のルートで出入りできます。
龍安寺側のこちら、「きぬかけの路」の石碑があるその脇についてる上り道、それが住吉山墓地の入り口です。要するにこの墓地、仁和寺と龍安寺の間にあるんですね。
ほとんどの人は通り過ぎていると思うのですが、こういう場所の存在を知っていれば、近代京都への想像も少し豊かなものになるかもしれません。知らんけど。